彼の地に花が咲かずとも
「あっ、大福?ありがと。
…じゃなくて、母さん。お客さん!」
すっかり蚊帳の外になっていたが、サジタリウスは未だ生け垣の向こうに立っている老紳士を指した。
彼はおそらくバレンヌ人だ。
しかも、母の名前を知っている…母の知り合いに間違いない。
言われて初めて来客に気づいたベリルは、「えっ、お客さん?」と老紳士をじっと見つめた。
しばらく、そのまま沈黙が流れる。
「…どちらさま?」
沈黙を破ったのは、間の抜けた一言だった。
老紳士は本気で脱力したようで、生け垣に向かってつんのめる。
「お前というやつは…実の兄の顔を忘れたか!?」
「えっ、兄?まさか、リゲル兄さん!?
うっわ~、老けたわね。昔はそこそこイケメンだったのに、見る影も無いわ。
言われなきゃわかんないわよ」
特に驚いた風でもなく、そう言ってのける母に、サジタリウスの方が目が回りそうだった。
老紳士ことリゲルも、それは同じらしく、「お前というやつは…」と目元に手を当てている。
「なんで突然、こんなところまで来たのよ。
というか、立ち話もなんだし、お茶にしましょ。シュウちゃんもどうぞ」
「えっ、でも…」
「いいからいいから。
ユリちゃ~ん、お客さん来たから、お茶淹れてちょうだい!」
家の中にそう声をかけながら、母はさっさと引っ込んでしまう。
その場にポツンと残された老紳士に、サジタリウスは仕方なく「どうぞ」と裏口を開けたのだった。
*****
ワカサ家の一室。
卓袱台を挟んで座るのは、この家の母上様たるベリルと、その兄だというリゲルという老紳士。
更に、その場に居合わせる羽目になった息子のサジタリウスと、何故か巻き込まれたその親友・シュウサク。
そして卓上には、山と盛られた大福。
…静かに、妙な緊張が流れる中に、サジタリウスの姉・ユリがお茶を運んできた。
「ありがと、ユリちゃん。
はい兄さん、どうぞ」
「あぁ、すまない。
…ふぅ、ようやく落ち着いた。
なにせ、この家を見つけるのに、町中を探し回ったからな」
「そりゃ大変だったわね。
…で、ヤウダくんだりまで"わざわざ"出向いて来たのは、一体何の為?」
普段は裏表の無い母の、妙に威圧感のある物言いに、サジタリウスは背筋を凍らせた。
しかしリゲルは、「おおよそ、検討は付いているだろう」と溜め息を吐く。