彼の地に花が咲かずとも
それは、初老の男性だった。
その髪は大分白くなっているが、姿勢が良く紳士といった雰囲気だ。
顔立ちや背格好からしても、ヤウダの人間ではない。
バレンヌ人か、ロンギット人か…いずれにせよ、見ない顔だった。
大きな荷物を持っていることからしても、旅人だろう。
ワカサ家に、何か用か…と言っても、この家の人間は殆ど出かけているし、唯一の留守番は弓に集中している。
仕方なく、シュウサクは親友の代わりに、生け垣に歩み寄った。
「あの、何か御用ですか?」
そう話し掛けると、老紳士は「いや、突然現れて申し訳ない」と苦笑した。
「この辺りに、ワカサという家はないかな?」
「ワカサ家なら、ここですけど…師範も師範代も、今は出掛けられてますよ」
そう答えると、老紳士は「良かった。とりあえずたどり着いたようだ」と苦笑した。
「君は、この家の子ではないのかね?」
「はい。あそこで弓の稽古をしてる僕の親友が、この家の息子ですが…。
おいサジ、お客さんだぞ!!」
サジタリウスが矢を放ったタイミングで、シュウサクは声を張り上げた。
ようやく、外に意識が向いたらしいサジタリウスが、「えっ、客?」などと言いながら、こちらに来る。
その名前に、老紳士が息を呑んだことが、近くに居るシュウサクには伝わった。
「君は、サジと呼ばれているのかね。
もしや、名前はサジタリウスというのではないかね?」
「いや、もしかしなくても、俺はサジタリウスですが?」
意味が分からず首を傾げるサジタリウスだが、老紳士は「やはりそうか」と呟いた。
「ということは、君の母親はベリル=ネージュでは?」
「えぇ、まぁ…。そうですけど。
あっ、母も今日は出かけて…」
サジタリウスがそう言いかけたのと、表玄関の方から「ただいま」という声がしたのは、ほぼ同時だった。
噂をすれば…サジタリウスは、「母さん、ちょっと来て!!」と声を張り上げる。
「なあに、サジちゃん。シュウちゃんと一緒にお勉強してたんじゃないの?」
そんなことを言いながら、母・ベリルは買い物袋を下げたまま、裏庭へとやってくる。
袋の中身は茶菓子らしく、「はい、お土産」とそれを息子に手渡した。