彼の地に花が咲かずとも
ゴソゴソと地図をしまい、ゴロンと畳に転がる。
もはや、勉強に頭を使うつもりはないのだろう。
シュウサクは「まだ始めたばかりだぞ」と言うが、サジタリウスは「わかってる」と生返事をするだけだった。
こうなったら、もうどうやっても無駄なことはわかっている。
シュウサクは、広げていた帳面を片付けて、親友に倣いその場へ寝転んだ。
縁側から差し込む穏やかな春日が、室内を照らす。
仔雀の囀りや、風に草木のゆれる音。
僅かに綻び始めた桜の隣には、まさに今が盛りの梅の花が、優しく香っている。
『…長閑だな』
何となく呟いたその言葉が、図りもせず揃ったことに、2人の少年は声を上げて笑った。
「なぁ、シュウサク。こんな良い日に、中で勉強は勿体無いぜ?
ちょっと、射っていかないか?」
「そうだな。そうさせてもらうよ」
少年たちは起き上がると、その場にあった勉強道具を、すっかりしまいこんだ。
*****
ワカサ家の裏庭は、道場とは別の稽古場となっている。
そこへ繰り出したサジタリウスは、巻藁から離れた場所に線をひいた。
「随分と離れるな、今日は」
その距離を目測して、シュウサクが感嘆する。
サジタリウスは、「今なら、いけそうな気がすんだよ」と笑い、袖をたすき掛けした。
本来なら、彼のような子どもが挑む距離ではないが、サジタリウスは愛用の弓に矢をつがえ、ゆっくりと構えた。
風もなく、穏やかな日差しだ。
この好条件下。サジならきっと当てる…シュウサクは、そう確信した。
「(勉強にも、これだけ熱が入ればな)」
真剣な眼差しに、シュウサクはついそう思ってしまう。
弓術に最も必要な集中力を、彼は充分備えているのに、それを弓以外のことにまるで使わないのだ。
全く風がないので、木の葉の擦れる音すらしない。
無音の世界で、サジタリウスは矢を放つ。
何に邪魔をされることもなく、それは真っ直ぐに突き進み、軽快な音を立てて目標に突き刺さった。
さすが、とシュウサクは声を出すが、サジタリウスはそれに気づくこともなく、次の矢を手に取る。
これだけ熱が入っているところに、口を挟んではいけない。
そう思ったシュウサクが、ふと庭の生け垣の向こうを見ると、知らない人間と目が合った。