彼の地に花が咲かずとも


ちょうどそこへ、汽笛の音が響く。
出航の時間が近いことを、告げる音だ。

「サジ、そろそろ行かないと…」

「わーってるって。おばちゃん、ごちそうさま!!」


湯飲みと団子の串を置いて、サジタリウスは立ち上がる。

愛用の弓と、風呂敷包みを背負って。


「船着き場まで、一緒に行くよ」

「いや、ここで良い。俺のヤウダ魂は、この桜吹雪の中に置いていく。
シュウサクは、それを見届けてくれ」


ふと、空を見上げる。
茶屋の前に立つ大きな桜の木から、溢れんばかりの花びらが舞い降りてきた。

「カッコつけすぎだぞ、サジ」

「良いだろ、たまには」

「たまにはね。…行ってらっしゃい、気をつけて」


その言葉に、返事はなかった。

歩き出したサジタリウスが、後ろでに手を振ってくる。

シュウサクも、それに無言で振り返した。



「願わくば、桜の下にて春死なん…その如月の、望月のころ。
…深い意味があるとはいえ、如月に桜は早いのに。少し妙な話だ」


遠く、旅立つ船を見送りながら、シュウサクは自分の湯飲みに残されたお茶を啜った。

「わざわざ置いていくとか言っても、君がヤウダ魂をなくすことなんて絶対無いだろうに」


遠いはずの5年後。
きっと、アバロンでも畳の部屋に座して、窓の外に見える、まだ見たこともない花を愛でているに違いない。

その情景が、何故かシュウサクにはハッキリ見えた。


「僕も…負けてはいられないな」


遠く小さくなっていく船を見つめながら、シュウサクはそう呟いて、静かに微笑んだ。
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