彼の地に花が咲かずとも


…というのは建前で、実際はヤウダの空気が気に入ってしまい、この地に残る為に父と結婚したのが真相らしい。

まぁ、なんだかんだありつつ、両親はそれから20年経った今も非常に仲が良く、家は極めて円満な状態なのだが。

「お袋のことだから、いずれ単独でヤウダに移住とか、やってのけた気がするぜ、まったく…」

サジタリウスは溜め息を吐くが、シュウサクは「でも勇気があるよ。同じ帝国とはいえ、こんな辺境に移り住もうだなんて」と笑った。


現在、バレンヌ帝国は周辺諸国を統一し、今や世界の殆どをその領土としている。
その中で、ヤウダは最も遠い土地であり、独特の文化も根強いことから、アバロンの人間からしてみれば、まさに異世界だろう。

このリャンシャンは、ヤウダ王国時代から将軍家により警備隊が置かれており、それがそのまま帝国の東方警護部隊…イーストガードとなった。
故に、ヤウダ内の他の地に比べれば幾分バレンヌ本国に親しみはあり、サジタリウスの様な混血児が異端の目で見られることもない。

だからと言って、大抵のバレンヌ人はヤウダの文化に否定的だろう。

草を編んだ床の上に座るという生活様式も、独特の着物もあまり理解されるものではない。

裏を返せば、それを気に入ってしまった母のような人間は、逆に本国へ戻る気が無くなってしまうのだろうが。

ちなみに、その母は今日は朝から出かけている。
サジタリウスの姉・ユリを伴い、隣町まで買い物に出かけており、帰りは夕方になるとのことだ。
父と兄は、それとは別件で隣町へ弓術指南へ行ったらしい。


サジタリウスの家は、ワカサ家という古くから続く弓術の道場だ。
シュウサクの家はチバ家といい、これまたリャンシャンで知らぬ者のない剣術道場。
家同士が何代も前から交流を持っており、2人も自然と一緒にいるようになった。

勉強があまり捗らないサジタリウスは、試験が近くなるとこうしてシュウサクを家へ呼び、半強制の勉強会を開く。
シュウサクの方も、もうすっかり慣れているので、放課後になると茶菓子持参で、当たり前のようにやって来るのだった。
2/24ページ
スキ