彼の地に花が咲かずとも
リゲルは、こう説いた。
宮廷魔術士を多く輩出する家系というのは、総じて魔力が高い人間が生まれやすい血筋なのだと。
もちろん、個人の能力はその血統によるものだけではないが、持って生まれた素質は、努力だけでは覆せない。
「研究者として生きる分には、それで構わないのだろうがな。
帝国は、優秀な術士を常に探しているのだ」
「そんなに、帝国の術士は人手不足なんですか?」
「そうとも言えるな。幸い、研究者はわたしを含め、それなりの数が居るのだが…」
今や世界の殆どを傘下に治めた巨大帝国において、足りないものがあるとは。
そこに気を取られたが、サジタリウスはあることに気づく。
「研究者はわたし含めって…伯父さんは、現場には立たない術士なんですか?」
「あぁ。既に宮廷魔術士としての任は辞職したよ。
現在は、フリーの術研究員に過ぎない。
元々わたしには、現場に立てるだけの力はなかったのだ。現職時代も専ら、研究に専念する日々だった。
無論、自分の仕事には誇りを持っていたが…現場で役立てるだけの力がある妹は、自らその任を降りた。皮肉なものだな」
「そう…ですか」
それについて、サジタリウスがどうこう言えるわけもないのだが、やはり母が勝手に術士を辞めたことは、大きな問題だったのだろう。
「長々と語ってしまったが、あくまでわたしは君の意志を尊重するつもりだ。
君を誘ったのは、家の体面や面子の問題からではない。君の才能は、ここで埋もれさせるには、あまりにも勿体無いからだ。
すぐにとは言わないよ。しかし、どうか考えておいてはくれないか」
「…わかりました。一応、考えてはみます」
サジタリウスの返事に、リゲルはホッとしたようで、「ありがとう」と小さく微笑んだ。
「さて、ベリルも帰っては来ないようだし、今日はこれで失礼しよう。
弓の稽古を、邪魔して悪かったね、サジタリウス君」
「いえ、別にすることがなかっただけですから」
立ち上がって、表の門までリゲルを送っていく。
「あくまで、返事は急がないつもりだ。君の人生だ、ゆっくり考えてくれ」
「わかりました。それじゃ、また…」
その姿を見送って、向こう角に見えなくなった頃、サジタリウスは急な疲れを覚えた。
ほんの数十分の出来事が、まるで何日もかかったかのような気分だった。