彼の地に花が咲かずとも
「サジタリウス君。わたしは君を…アバロンへ連れて帰りたいと思っている」
「…俺を、アバロンへ!?」
「あぁ。わたしは、君には我が父のような…いや、それ以上の風術士としての才能を見た。恐らくは、水術にもそれなりの適性はあるだろう。
その才能を、ここで潰すようなことはさせたくないのだ」
展開が急すぎて、サジタリウスは目を回しそうになった。
てっきり、連れて行かれるのは母だけだと思っていた。
そもそも、自分に魔力があることすら寝耳に水だというのに…術士としての才能があるから、アバロンへ来いとは。
ヤウダの12歳の少年にとって、アバロンは遠い遠い国だ。
「そのこと、母さんには…」
「勿論、話してある。あやつとしては、自分が連れ帰されることより、君を連れて行かれることの方が大問題のようだな。
あの時、わたしが君に同席を求めた時、無理やり部屋から追い出したのも、わたしが君にそう言い出すことがわかっていたからだ。
『あの子は実家とは関係ない』
そう言っていたよ」
「実家…?」
「あぁ。わたしの家は、術士家系…古くは150年ほど前、皇帝ミズラの直属兵として仕えた宮廷魔術士が、祖とされる。
家から魔力の高い子どもが生まれれば、宮廷魔術士となることが、いつからか義務のようになっていた。
それを、ベリルは嫌がった。術士になることではなく、道をひとつに決められてしまったことを。
結局、その才もあって術士にはなったが…やはり、腑に落ちないものが残ったのだろうな」
そう、リゲルはどこか悲しげに目を伏せた。
サジタリウスは、そんな母の過去を、まるで他人の経歴を聞くような感覚で捉えていた。
「伯父さんは、母さんに反対されても…俺を、アバロンへ連れて行きたいんですか?」
「元より、反対されることは分かっていたからな。
勿論、君自身が嫌だと言えば、無理にとは言わないよ。
ただ、これだけは分かってほしい。
術士は、なりたい人間がなれる職業ではない。
術を学問として研究することはできても、実際の現場で術を行使できるだけの術士になれるのは、ほんの一握りの人間だけなのだ。
そして君には、それだけの力がある」