彼の地に花が咲かずとも
「実際にヤウダに来て、なんとなく分かった。あいつがこの地を気に入った理由が…。
霊峰チカパに抱かれしヤウダには、アバロンとは違う精霊が住まう。風の民に愛されし土地…それが、ヤウダなのだな」
「風の民?」
「聞いたことはないかね?
あのチカパ山の山頂には、風の精霊イーリスが住まうと」
あぁ、とサジタリウスは手を打った。
それは、ヤウダなら子どもの寝話としてよく用いられる有名な伝承だ。
チカパ山の山頂には、風の精霊イーリスが住んでおり、彼らは人間との関わりを避けることから、その姿を見たことがある者は殆ど居ない。
しかし、音楽は好む民であり、その心を打つ美しい音楽を奏でた者には、自ら出向いて礼を言うらしい。
「で、それがヤウダの土地となんの関係が?」
「イーリスが何故チカパ山を住処としているか…それは、あの山が最も強い風の霊力を湛えた山だからであろう。
その霊峰から吹き下ろされる風を受けて育ったヤウダの民には、風を掴む才に富む者…風術に適性を持つ人間が多いのだ。
特に、君のように魔力も高く、元々術士に縁のある血筋であればな」
突然引き合いに出され、サジタリウスは「はいっ?」と素っ頓狂な声を上げた。
「俺が、魔力が高い?何かの間違いじゃ?」
「いや、器具がないから正確には計れないが…恐らくは、常人の20倍。術士になるのに充分なだけの魔力が、君には宿っている。
それに、君はやはり、チカパ山の恩恵をその身に受けた者だ。
君が弓を引くと、しんと風が止まるだろう?それは、君の魔力が無意識にやっていることだ。その意識を学べば、風を自在に操ることだって容易い」
サジタリウスは、手元に置いたままの愛弓を、ギュッと握りしめた。
確かに、弓を引くその一瞬、意識を集中させたその時に、風の動きが止まる。
しかしそれは、単純に自分が風が止む瞬間を読んだにすぎないと思っていた。
まさか、自分が無意識に風を止めていたとは。
「そんなこと、誰にも言われたことなかった」
「言わなかったのだろう。
わたしが、一目見て気づいたほどの力だ。君を産んだ本人であるベリルが、知らない筈がない」
「じゃあ、あの時伯父さんが俺を呼び止めたのは、それを俺に言おうとして?」
それにリゲルは、神妙な顔で「それもあるがな」と小さな声で言った。