彼の地に花が咲かずとも
実際のところ、母は伯父に例の送りつけた術法について説明しているらしい。
とは言え、何かにつけて説明下手の母は「ああ」とか「こう」で物事を片付けてしまい、話があまり進展しているようには見えない。
だからこそ、伯父は母を連れ帰って、自分で研究をさせたいらしいのだが。
「母さんが天才術士だなんて、誰が想像したかよ」
そう独り言を呟いて、空を仰ぐ。
ヤウダに、元々術の概念はない。
術士というのは、遠い国に存在する謎の存在だ。
術士の家系出身とはいえ、わざわざヤウダまで迎えに来るほどの逸材とは。
それに引き換え、自分は…誰かに、そこまで必要とされる日が来るのだろうか?
「もしもし、サジタリウス君?」
ぼうっとしていた所にいきなり声をかけられ、サジタリウスは「はいっ!?」と変な声を上げた。
そちらを向けば、裏庭の片隅に老紳士…リゲルが立っている。
「失礼、玄関をノックしたものの、誰も居ないようだったから、勝手にここまで入ってきたんだが…」
「あっ、すいません。今俺しかいなくて…。母さんなら、今日はユウヤンまで行ってます」
というか、ノックって何?とも思ったが、今は口にしないことにした。
リゲルは、「さすがに逃げられた、か…」と肩を落とす。
その姿を見ていると、なんだか申し訳無い気分になってくる。
「あの…すいません。なんか母がわがまま言ってるみたいで」
「いやいや、急に押しかけたのはこちらだからね。君の父上には、あまり良い顔をされていないようだが…」
「いや、父は単純によく知らない人と同席するのが苦手なだけですから。
正直、母を取られるとは思ってるかもしれませんけど。母がいないとどうしょうもない父親なんで」
ヤウダはどちらかと言えば、亭主関白な家庭が多い。
家では、父親がその実権を握る風潮があるにも関わらず、ワカサ家は父が母に頼りきっている。
勿論、家本としての務めは父が果たしているが、近所付き合ってやら何やらは、母に任せっきりだった。
そんな話をすると、リゲルは一瞬きょとんとして、次に大きく笑った。
「まったく、あのじゃじゃ馬がヤウダに嫁に行って、どうなることかと思っていたが…それなりに、幸せにやっているのだな」