彼の地に花が咲かずとも
「ちなみに、これも母さんから聞いた話だけど…そのサジタリウスお祖父ちゃんは、かなり優秀な術士だったらしいわ。
術法の開発にかなりの成果も上げてるし、実際に術を使わせてもかなりの強さだったって。
しかも、嗜み程度だけど、弓も使えたそうよ」
「マジで?うわっ、そっちもそういう家じゃ、俺が弓しか脳がないわけだ」
「それは、勉強サボる口実にはならないだろ、サジ」
シュウサクは苦笑したが、本人は「単純に、なんかそういう星の下に生まれたってだけの話だよ」と肩を竦めた。
「つーか、このままだと母さんアバロンへ強制送還されかねんな…。いずれにせよ、親父と兄ちゃん帰ってきたら、面倒なことになりそうだぜ」
「それは間違いないわ。
本当に、巻き込んじゃってごめんなさいね、シュウちゃん」
「いえいえ。勝手ながら、ワカサ家はもう一つの我が家のように思わせていただいてますから」
シュウサクは、そう笑った。
それにユリも、「私も、シュウちゃんはもうひとりの弟だと思ってるわよ」と微笑む。
「ほんと、私とサジの間に、シュウちゃんくらいしっかりした弟分が居なかったら、私がもっと大変だったもの」
「ひでぇな姉ちゃん!俺の方がシュウサクより生まれたの早いぜ!?」
「そういうことは、四則演算がまともに出来るようになってから言いなさい。
ほら、次の問題に行くわよ」
無理やり手習い書を開かされる親友を見て、シュウサクは小さく笑った。
シュウサクは、物心つく前に母を亡くした。
兄とは若干年が離れており、実質上の育ての親である祖母も、5年前に亡くなっている。
道場の運営に忙しい父や、早々にその補佐になってしまった兄よりよっぽど、このワカサ家の人間と接している時間の方が長い。
何代も前から付き合いのある旧家同士で、立地的にも近い家に、同い年の息子として生まれた以上、こうなることは最早運命だったのかもしれない。
「(きっと卒業しても…いや、卒業して何十年も経ったって、サジとの腐れ縁は続くんだろうな)」
目の前の光景を見て、そう思う。
穏やかなヤウダの春と、相変わらず算術の苦手な親友と、それにやきもきする姉君と。
その空間に、何ら違和感なく座っている自分。
こんな日々が、卒業してからも続いてほしい。
しかし、シュウサクのその期待は、予想もしない形で裏切られることとなった。