彼の地に花が咲かずとも
――帝都アバロンから、東へ、東へと辿っていった遙か先。
その国は、かつてヤウダ王国と呼ばれていた。
現在は、バレンヌ帝国の一部であり、帝国自治領ヤウダと呼ばれている。
そうなったのはもう100年近く昔のことだというのに、この地の民にそれほどの実感があるかは、甚だ疑問である。
「国の頂点が変わろうが、名前が変わろうが、ヤウダはヤウダなんだよなぁ…」
歴史の教科書を閉じて、少年はポツリと呟いた。
それに、向かいに座る少年が、「どうしたんだい、突然」と苦笑する。
2人は、ヤウダの一都・リャンシャンに住む学生だった。
共に12歳。
ヤウダの教育機関は、帝国の一部となってから国営の幼年学校と名を改めたが、地元の人間は相変わらず「学問所」や「寺子屋」と呼んでいる。
リャンシャンにいくつかある幼年学校の、アバロン風に言えば中等科最終学年に当たる彼らは、春期試験に向けて自主勉強をしていたところだった。
もっとも、勉強というのは建前で、実際は教科書を確認しながら干菓子をかじっているだけだ。
事実、今教科書を閉じた少年は、殆どその内容を頭に入れていない。
バレンヌ流の教育が取り入れられてから、ヤウダの学生はヤウダ史の他に、バレンヌ帝国史が必修となった。
その内容は、バレンヌ本土の人間からしてみれば極めて略式なものではあるが、未だにそれを他人事のようにしか捕らえられないヤウダの民は多い。
それは教える側にもあるようで、そんな空気を読み取った少年は「なんだかんだ言って、俺たちには関係のないことなんだよ」と、あられを口に放り込んだ。
その仕草を見て、向かいの少年は思わず吹き出した。
「そんなことを、サジが言うなんてね」
「なんだよシュウサク、なにが可笑しいんだよ」
シュウサクと呼ばれた少年は、笑いの合間に「だって、ヤウダが帝国領になってなかったら、君は生まれてないかもしれないぞ」と言う。
サジ…サジタリウスは、その灰色味がかった目を閉じて、「どうだかな」と呟いた。
サジタリウスの母親は、件のバレンヌ本土、それも帝都アバロンの出身だ。
しかも、それなりに有名な術士の家系らしい…程度しか、サジタリウスは知らない。
母はその昔、皇帝ディアネイラの行幸に同伴し、ヤウダを訪れ、父と出会ってこの地に残ることになった。
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