【カプリコーンの仕事】
「結婚してから半年以上経ってんだろ、おい。いい加減慣れろよ」
「慣れたところで、先輩にいじられて気分が良くなるような変わり者ではないですよ、僕は。
とりあえず、これを」
このまま言い合ったところで、ことは進まない。
僕は、持っていた資料を先輩に押し付けた。
「なんだこれ?」
「来月のカンバーランドとの会合で必要になる書類に、必要な資料です。
風術研の担当はここからここまでですから、どこを使うか選定して下さい」
「いや、そりゃ見りゃわかるんだが、これお前の仕事だろ?」
「いえ、前々回僕がやってから、いつの間にか僕に押しつけられてますが、元はと言えば我が風術研究室の仕事です。
ですから、本来なら室長たるジェミニ先輩にその責任はあるかと」
僕は至極真っ当なことを言ったにも関わらず、先輩はもの凄く苦そうな顔をして、「あ~…」と頭を掻いた。
「んじゃ、室長特権使うわ。この件は、お前に任せた。
オレ、字読んでると眠くなるんだわ」
「正直なのは結構ですが、文官たる宮廷魔術師がそれでどうするんですか」
「しゃーねーだろ、んなもん。ってかお前、やっぱ母親似だな。キグナスだったら、何だかんだで引き受けてくれたってのによ」
文句を言われたところで、僕は父のように甘くはない。
棚から前回のレジュメを引っ張り出し、「これ、参考にして下さい」と有無を言わせず資料の一番上に積んだ。
「必要なものを揃えるまでは、僕がやりましたから。
今日はこれで帰らせてもらいますんで、後はお願いします。やり切れない分は残しても良いですが、明日も多分来ないんで」
「先輩、何かあったんですか?」
クオーツが心配そうに言うが、別に大したことではない。
特に言う必要もないかと思い、「いや、夕方早めに上がるつもりだったけど、所長が帰って良いって言うから」とお茶を濁した。
「お前、そういう話は直属の上司たるオレに言えよな。
で、どうした。何があったんだ?」
「本当に、大したことじゃないんで。所長の許可は取りましたし、先輩も帰ることには納得してくれるかと…」
「だから、どうしたってんだよ。身体の調子でも悪いのか?」
お返しとばかりに、先輩が僕に詰め寄る。
仕方なく、多少の後ろめたさを持ちながら、僕は白状した。
「妻が、昨夜から熱を出して、寝込んでまして…」
「帰れ!!今すぐ帰って、治るまで出てくるな!!」
皆まで言い終わる前に、そう言い切った先輩は、僕を部屋から追い出した。
…余談。
後日出勤するころには、完璧でもないが資料の選定は終わっていた。
とりあえず、うちの室長は、本当はできるものを部下に押し付けていただけなことが、これで証明された。