【病身のマグダレーナ】


思わず涙さえにじんできた私は、玄関のドアが開いた音にすら気付かなかった。

そのまま、この部屋の戸が遠慮がちに開いて、「ただいま」と小さく声がして、やっと我に返る。


「…起きてたの?」

「えっ、えぇ…なんか、寝られなくて」

目をパチクリさせているリコだけど、今ビックリしたのは私の方だ。
あと1時間は最低でも帰ってこないだろうと思っていたのに、急に姿を現すんだから。


「あの…仕事、どうしたの?」

「所長に、『仕事なんかジェミニに押しつけて良いから、帰りなさい。マグが可哀想よ』って言われて。
…ごめん、まだ部屋寒い?」

そう言うリコの目は、私が抱きかかえた彼のカーディガンに向いていた。
寂しくて抱きしめてたなんて、言えるわけがない。私は咄嗟に「えっと、これはその…」と言い淀む。

普段なら、服に皺がよったことを気にしそうなものだけれど、彼はカーディガンをそっと手に取ると、優しく私の肩にかけてくれた。


「あんまり室温上げると、かえって良くないだろうから…。なにか、食べられる?とりあえず、チキンスープの材料は買ってきたから、すぐ作れるけど」

「食べた方が、良い?」

「それはもちろん、栄養取らないと治るものも治らないよ。
とりあえず作っておくから、調子良さそうなら食べて。薬も飲まないとだし」


…天国の父様、カンバーランドの母様。
私、ものすごく良い人と結婚しました。
とりあえず、こんな出来る息子に育てててくれた義理の両親に、大感謝です。

体格差なんかそんなにない私たちだけれど、袖を通すと彼のカーディガンは少し身体に余った。
今は、その余りが心地良い。


「台所にいるから、なにかあったら呼んで。すぐ戻るけど」

「ありがとう…というか、仕事休ませちゃってごめんなさい」

「良いんだよ、別にうちの室長は仕事できないわけじゃないんだから。それに…」

部屋のドアに手をかけて、ふと振り返った彼が、一言。

「正直、君のことが心配で、仕事とかできる気がしてなかったから」

そう言って、少し照れたように笑って、部屋を出て行った。


…この笑顔が見られただけでも、風邪を引いた価値があったと思ってしまうあたり、私も末期でしょうね。





【素直じゃない2人が、珍しく素直になった日のこと】
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