ツバメに恋した青年と、雛鳥の翼と。


「ねぇ、おにいちゃんの名前、なんていうの?」

「ドワイトだよ。ドワイト・マーベリック=ユーフラジー」

「えぇっと、どう書くの?」

「じゃあ、鉛筆貸して。書いてあげるから」


真新しいページに、ドワイトはできるだけ丁寧に、大きな字で自分の名前を書いた。
ようやく、読み書きができるようになったほどの年齢だろう。
彼女は、書かれた字を指でなぞりながら、「ドワ…イト…ユーフラジー…」と呟く。


「ドワイトお兄ちゃんって、よんでいい?」

「いいよ。僕も、キャシーちゃんって呼ぶね」

「うん!えっと、えっとね…じゃあ、ドワイトお兄ちゃんにしつもん!!お兄ちゃんのおうちはどこ?」


どうやら彼女は、自分に興味を持ったらしい。
元来子ども好きなドワイトは、この少女が思い人の妹だということは特に意識せず、「今は、アバロンの西地区に住んでるよ」と微笑んだ。


「でも、生まれたのはルドン地方の、ティファールっていう街。5年前に、学校へ行くためにアバロンへ引っ越してきたんだ」

「ティファール?それって、遠く?」

「そうだね、馬車を乗り継いで1日半くらいかかるかな…。なかなか、帰れないね」

児童図書室なだけあり、壁には子ども向けの地図が貼られている。
ドワイトは立ち上がると、「ここがアバロン。ティファールは…ここだね」と指差してみせた。


「うわー、ずっと遠くだねぇ」

「でも、昔に比べれば、ずっと行きやすくなったんだよ。街道もあるし。ロンギット海まで出れば、船もあるしね」

宝石鉱山に隣接したティファールは、交易路が真っ先に整備された地方のひとつである。
鉱山は若者の出入りが激しい上、ドワイトのようにアバロンへ上京する者も多く、定期便もそれなりに出ていた。

少女は、自分も腕を伸ばし、「あたしはね、ここから来たの!!」と言う。
爪先立ちしても届かないらしく、ピョンピョンと飛び跳ねる。

「えっと、この辺?」

「ううん、もっと右!!」

「じゃあ、カンバーランドとか?」

「もっともっと右だよ!えっと、あのね…うん、そこ!!コムルーン島だよ!」

「コムルーン島!?」

思わず聞き返してしまった。
ドワイトが地図の右上を指し、「ここ?」と確認すると、彼女は満足げに「うん」と頷く。


コムルーン島と言えば、世界の果てと言っても過言ではない。

カンバーランドの東方、サラマットの北方に位置する孤島だが、交易があるのはサラマットのみ。
カンバーランドからコムルーン島へ向かう間には、幾多の船乗りが難破し、未だ安全な航路が確立されていないコムルーン海峡がある為、サラマットのムリエ村から以外、船は出ていないのだ。

独自の産業の他、木材や化石燃料を産出しており、アバロンとも全く経済的やりとりが無いわけではないのだが。

アバロンからコムルーン島へ向かうには、ソーモンから船でマイルズへ向かい、ステップ、サバンナを通り過ぎてムリエ村へ行き、そこから船に乗るしかない。
…少なくとも、1日半などという単位ではきかないことは、明白だった。

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