ツバメに恋した青年と、雛鳥の翼と。
少女が読みたがったのは、ドワイトも知っている有名な児童書のシリーズだった。
かつて彼も愛読した、冒険小説である。
「このシリーズ、好きなの?」
「うん。でも、おねえちゃんが、これで終わりだって。つづきはもうないんだって」
「あぁ、そうだね…。楽しいけど、読み終わっちゃうのは寂しいよね」
そういえば、自分もかつて同じことを思った。
いや、今現在も好きな作家の新作を追い続け、完結を望みながらもどこかで終焉を惜しんでいる辺り、まるで変わっていない。
「でも、ほかにもなにか借りたいなぁ…。なにかあるかなぁ?」
「今まで、どんな本を借りてきたの?」
「うん、えっとねぇ…」
ドワイトの問いに、少女はカバンから図書館の利用許可証を取り出した。
そのカードには、これまでの貸出履歴と共に、少女の名前が記されている。
「えっと、キャサリンちゃん?」
「うん。キャサリン=ハレーション。でもみんなキャシーってよぶよ」
「そう、キャシーちゃん。良い名前だね」
そう、ドワイトは微笑んだ。
ファナと同じ名字。歳は離れているが、妹なのだろう。
よく見れば、おっとりとした姉と違い、随分溌剌としているが、顔立ちそのものは似ている。
ドワイトは、そこにあった履歴から、まだ彼女が読んでいないであろう本に目星をつけた。
児童書の息は長い。
ごく最近出版されたものを除けば、そこに書かれているのはドワイトも読んだことがあるものばかりだ。
そこから、彼女の好みは大体察しがつく。
「これは?もう、読んじゃった?」
「ううん、まだ。おもしろいの?」
「うん。僕も君くらいの年の頃に、夢中で読んだよ」
どちらかと言えば、少年向きの内容だが、きっと彼女は気に入るだろう。
案の定表紙を眺めて、キラキラした目で見入っている。
名作は、読み継がれるべきだ…ドワイトの持論だが、図書館に関わる大半の人間は、そう思うだろう。
「おもしろそう!!これ、よんでみるっ!!」
「そう。良かった。借りていくなら、貸出のハンコついてあげるよ」
「えっ、おにいちゃんできるの?」
「うん。学校行ってた頃に、ここでお手伝いしてたからね」
具体的に言えば、高等学校時代のボランティアで、図書館雑務を請け負っていたのだ。
当然、ある程度の作業はできるし、とっくに社会人となってからも、館長はじめ図書館の人間からは、「勝手に手続きして借りてって良いし、むしろ手が空いてるならまた手伝って」とお墨付きをもらっている。
ドワイトはカウンターへ入ると、彼女のカードに新たな図書の名前を書き入れ、貸出可の印をついた。
「はい、どうぞ」
「うん、ありがとう!!おうち帰ったら読むっ」
彼女は意気揚々と、カバンの中に本をしまった。
とはいえ、姉が戻ってくるまで暇なようで、キャサリンはカバンから帳面らしきものを取り出して、イスに座り込む。
「なにしてよっかなぁ…。おねえちゃん、まだおしごとだもんなぁ…」
「いつもは、なにしてるの?」
「うんとねぇ…本よんだりとか、お絵かきしたりとか、いろいろ書いてみたりとか」
ほら、と差し出されたページには、何故か”めだまやき””いちごケーキ”など、食べ物の名前が羅列している。
意味がわからず、ドワイトは首を傾げるが、キャサリンは「おなかすいたから、食べたいもののなまえ書いてたの」と笑う。
なるほど。姉の仕事が終わるまで、空腹を紛らわせていたのか。
まだ幼い割には、なかなか立派な字を書く。
おそらくは、読むことも書くことも好きなのだろう。他にも取り留めのない単語が、散らばっていた。