ツバメに恋した青年と、雛鳥の翼と。
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「おっ、おはようございますファナさんっ!!」
「あら、おはようございます。ちょっと待ってて下さいね、すぐ開けますから」
重い本袋を抱えて、わざわざ開館時間にやってくるその姿は、どこの学生だと思いたくなる…。
ぶっちゃけ殆ど寝ていないというのに、なんとも朗らかな笑顔のドワイトに、何故か一緒にやってきた親友のフランクリンは、正直呆れていた。
もっとも、親友の下宿に酒瓶片手に転がり込み、もう寝たいというドワイト相手に、延々と飲み会トークを繰り広げていたのは自分なのだが。
そこで、半ば強引に聞き出した、彼が最近妙に落ち着かない理由。
それがまさかの恋煩いだというのだから、ドワイトの数少ない友人としては、相手の顔を拝まないことには、帰って寝る気にもなれない。
で、実際に拝見したところ、これといって特徴のない、美人とも不美人とも表現し難い娘である。
年齢は自分たちと同じだというから、19歳か。
女性がもっとも美しい年頃と言われるが、野暮ったい黒縁メガネのせいか、強いて表現するなら”地味”である。
そんなことを言えば、この温厚な親友も怒るだろう…ちらりと横目に見れば、それまで見たこともないような、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
『彼女に、どうこうしたいとかは思わないんだ』
『僕は彼女を見ていられるだけで、会話ができるだけで幸せなんだ』
大真面目にそう言う親友に、フランクリンは「草食動物だって、もうちょっとアグレッシヴだろっ!!」と突っ込んだが、本人は至って真剣なのだ。
「いかがでした?マドレーヌ先生の新作は」
「いやぁ、面白かったです。でも、僕個人としては、前作の方が好みですね」
「やっぱり、そう思われます?実は、私もそう思いました」
「ですよね!いや、これも良作なんですけど、やっぱり前作は格別に面白かったですもんね!!」
…フランクリンには全くわからない内容だが、当人は非常に楽しそうである。
もしかしたら、他の誰ともできないマニアックな会話ができるから、彼女と一緒に居たいのではないかと、思わなくもない。
「でも、どうしましょう。さすがにそろそろ、お勧めできる本が無くなってしまったわ。
ポンメルシーさんは、本日はなにをお探しですか?」
「はいっ?俺ですか!?」
突然話を振られて、フランクリンはつい声が裏返る。
「いや、俺はこいつのツレってか、付き合いでたまたま一緒に来ただけだし…」
「あっ、こいつのことは気にしなくて良いですからっ!!
僕も、これだけ返したら、今日は失礼します」
「そうですか…。あっ、ちょうど時間ですね。
では、どうぞ」
重そうなドアを押し開けて、彼女はニッコリと微笑む。
おっ、笑うとなかなか可愛い。
彼女の後ろ姿を見送り、フランクリンは思ったことを言おうとしたが、親友はなんともホエホエした笑顔のまま、そこでポツンとしていた。
「ドワイト?おいドワイト!!」
「えっ?あっ、なんだいフランク?」
「お前、今もの凄く間抜けな顔してたぞ…。
じゃなくて、彼女なんで俺の名前なんか知ってんだ?」
「それはほら、学生時代に課題の関係で、散々お世話になったじゃないか。
利用許可証には、名前が書いてあるし」
「なるほど…って、それもう2年も前じゃねぇか!!
課題の関係でたまたま来た士官学校生の名前とか、普通覚えてねぇだろっ!?」
「フランク、君はファナさんの記憶力をなめてるね。
この館内の書架配置と、蔵書の詳細をほぼ丸ごと把握してるのは、館長と彼女だけなんだよ?
特に君は、僕と一緒に出入りしてたから、余計に記憶に残ったんだろうね」
そう言う姿も、どことなく自慢げである。
最早言い返す言葉もなく、フランクリンは盛大にため息を吐いた。