宮廷魔術士物語-1182-


引っ越しというよりは、とにかく掃除が最重要課題だ。
とりあえず、掃除用具を取りに行き、ついでにリネン室を覗くと、一応予備の布団類があったので干しておく。

今日は食堂のおばちゃんも来ない日だし、何故かこういう時に限って寮に誰も居ない。

ドアと窓を開け放って、なんとかホコリを払うと、意外と家具や机はしっかりしていた。

片付きさえすれば、とりあえず暮らすには問題ないだろう。

「なにか、必要なものとかない?食器とかは、食堂にあるもので十分だと思うけど…」

「生活用品は、特には…。研究に必要なものは、追々揃えますから」

黙って作業していると、なんだか気まずくなってしまう。
故に僕は、一生懸命話題を探すのだが、なかなか会話が続かない。
それ以前に、なんだか妙な違和感を感じる。

「…あっ、そうか」

「…どうかしましたか、先輩?」

「いや、なんだか違和感があるなって思ってたんだけど、僕って誰かに敬語を使われることがめったに無いんだよね。
いくら先輩とはいえ、歳も同じなんだし、良かったら呼び捨てにしてもらえないかな?」

僕としては、至極普通に言っただけだった。
しかし彼女は困惑しているようで、「それで良いんですか?」と小首を傾げる。

「別に。だって、ガーネットはもう術士として本採用なわけだし、僕は敬われるのは苦手だから、むしろそうしてもらった方がやりやすいよ」

「いえ、貴方がではなくて…組織的に」

どうやら彼女は、術研での序列を気にしているらしい。

僕は、「それこそ問題ないよ」と苦笑した。

「術研は確かに国営組織だけど、余所の部隊と違ってそれほど上下関係は厳しくないんだ。
師弟関係とかはあるけど、やっぱり"同じ研究をしていく同士"みたいな感覚だからじゃないかな。術士長なんか、所長と親子くらい歳が違うけど、普通に冗談言い合ったりしてるよ」

つまるところ、研究者なんてみんな変わり者で、術研はそういう人間の集まりなわけで。
僕はそう解釈していたけれど、彼女は箒で床を掃きながら、怪訝そうに「そういうもの、ですか」と呟いた。

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