宮廷魔術士物語-1182-
…そんなこんなで。
「えっと、とりあえず宿の荷物でも引き取りに…」
「いえ、これで全部ですから」
「えっ、そうなの?それじゃ…寮へ案内するよ」
術士長の部屋を出た僕らは、とりあえず研究所を出る。
僕らが住んでる術研寮は、歩兵団や猟兵団が住み込んでいる官舎とは違い、あくまで術研の附属施設だ。
だから、門限や規定も殆ど無いし、お手伝いさんが来て朝食と昼食のお世話もしてくれる。
つまり、寮に住んでない研究員も、昼間は寮の食堂に集まることになる。
午前中の仕事を切り上げてから、さっと移動できるくらいに、寮そのものは研究所から近い。
…なんて話を歩きながらしてるけど、彼女は相槌を打つだけだった。
ひょっとして、僕は嫌われてるのだろうか?
そもそも、術研の先輩ならともかく、あまり女性と接する機会の無い僕としては、どうしたものだかさっぱりわからない。
そうこうしてるうちに、寮についてしまう。
「えっと、まず玄関は、鍵がかかってる場合はこれで開けて。
で、開けて正面のこのドアが、食堂の入り口。個人の部屋は、2階から上だから…あっ、階段はこっち」
仕事が休みの人は出かけてるのか、中はシーンとしている。
食事時になれば、それなりに騒がしくなるだろうけど。
階段を3階まで上り、ズラッと並んだ部屋の前を通り過ぎる。
廊下は北側、部屋はすべて南向きで、4部屋並んでいる。
「手前から、エマ先輩、ジェミニ先輩、それから僕の部屋。ガーネットさんの部屋は、一番奥になるけど大丈夫かな?」
「問題ありません。それと、私のことは呼び捨てで結構です」
「あっ、そう?じゃあ、えっと…ガーネット。とりあえず、荷物は一旦僕の部屋へ置いて」
自室の鍵を開けて、ドアを開く。
図書室から借りてきた本が山と詰まれて、ちょっと散らかってるけど…まあ仕方ない。
とりあえず、彼女のカバンを預かって、ジェミニ先輩のせいで羽毛が散らばるベッドの上に置く。
それにしても、小さめの旅行カバンひとつですべて収まってしまうなんて…これだけの荷物で、いきなり海を渡ってきたわけだ。
後から何か送ってもらうにしても、今後の生活にも困るだろう。
後で雑貨屋でも紹介しよう…なんて御節介なことも思いつつ、僕は問題の隣室を開けた。
…案の定、ホコリの積もりまくった室内で、備え付けの家具が真っ白になっている。
一応、たまに空気の入れ替えくらいはしているとのことだけど、これは酷い。
「あの、もちろん掃除はするけど、本当にこの部屋で大丈夫?」
「はい。屋根と壁があれば十分です」
心配する僕に、彼女は平然とそう言い放った。
錆び付きかけた窓を開けると、アバロンの街並みが広がっている。
彼女は、その眺めを、ただじっと見つめていた。
その横顔は、凛としていて…こういう人をまさに、「絵になる美人」っていうんだろうな。
「…なにか?」
しばらくぼーっとしていた僕は、彼女のその一言で我に返る。
「あっ、ごめん!!と、とりあえず掃除用具持ってくるね!!」
挙動不審になりながら、部屋を飛び出す。
我ながら、自分が何をしてるのか分からなくなってきた。