宮廷魔術士物語-1182-
「いつも通りにしてりゃ良いのよ。うちは堅苦しいこと一切抜きでOKなんだから」
「わかりました。…で、今日はこれからどうしましょう?
僕含め、今日が休暇の研究員も多いですし、そもそも開けてない部屋もありますよ?」
術研には、属性ごとの研究室がある。
僕が所属してる水術研究室の他に、火術、風術、土術、天術の部屋があり、それぞれに室長と呼ばれる人がいる。
で、研究効率の為にも、休暇は部屋ごとにまとめて取ってしまうことが多く、今日は水術と天術が丸ごと休みのはずだ。
術士長はそれを聞くと、「じゃ、所内案内は明日にしましょ」と、何故か机の中を漁りだした。
「どっかこの辺に、しまってあったハズなんだけどなぁ…」
「なにがです?」
「あれよ、あれ。あれがなきゃ困るじゃない」
言いながら、術士長がガサガサと引き出しをひっくり返す。
…だから、普段からちゃんとしておけば良いのに。
程なくして、術士長は「あった!」と鍵束を引っ張り出した。
「これよ、これ!寮の鍵。これがないと、部屋に入れないじゃない」
「あっ、寮に入ってもらうんですか」
「そりゃそうよ。だって、実家から通えないじゃない。
夕べはとりあえず、満月亭に泊まってもらったけど、どうせ部屋余ってるんだから、他に下宿先探すよりそっちの方が良いでしょ?」
それは、確かに。
術士長は、寮のメイン玄関の鍵と、空き部屋の鍵を無造作に放り投げた。
僕が、慌ててキャッチする。
「3階の一番奥、あんたの隣が空いてるでしょ?
キグナス、これから一緒に行って、掃除と引っ越し作業を手伝いなさい」
「わかりました。…というか、あの部屋何年も使ってないらしいですけど、大丈夫なんですか?」
少なくとも、僕が入ってから隣に人がいたことはない。
つまり、最低5年は空き部屋状態。
術士長は、「たまに空気の入れ替えとかはしてるし、多分大丈夫でしょ」と気楽に答えるが、正直僕には色々不安だった。
「あたしからは以上よ。
ガーネット、とりあえず、寮の部屋を何とかしたら、今日はゆっくりしてね。
所内の関係は、明日からね」
「はい、ありがとうございます」
…果たして、ゆっくりするような余裕があるかはともかく。
僕は、慣れない立場から、内心で小さく溜め息を吐いた。