宮廷魔術士物語-1182-
「どうぞ、開いてるわよ」
術士長はそう言いながら、ヒョイと机から飛び降りた。
「失礼します」という控えめな声とともに、ドアが開かれる。
そこには、見知らぬ人が立っていた。
長い亜麻色の髪に、黒いワンピース…流石にローブまでは即日用意できないから、私服で来たのだろう。
彼女は、室内に入ってからも、深々と頭を下げた。
「そんなに畏まらなくて良いわよ。ほら、顔上げて」
術士長に言われて、彼女はようやく面を上げる。
少しきつめではあるが、なかなかの美人…気づいたら、ジェミニ先輩の影響でつい値踏みするようになってしまった。
「よく来てくれたわね、ガーネット。昨夜はよく眠れた?」
「はい、おかげさまで」
元々表情が乏しいのか、術士長が笑いかけてもニコリともしない。
…まるで、ハクヤク先輩のような落ち着きぶりだ。
「キグナス、紹介するわ。彼女がガーネットよ。
ガーネット、この子はキグナス。こう見えて、あなたと同い年だから、仲良くしてやってね」
「…"こう見えて"は余計です」
もっとも、そう言ってもらわないと16歳くらいにしか見えないらしいので、仕方ないと言えばその通り。
気を取り直して、僕は「宜しく」と手を差し出した。
彼女は、戸惑いながらもその手を取る。
「キグナスは、これでも術士歴5年の中堅術士なのよ。
もっとも、下に誰も居ないから、ずっと末っ子扱いだったんだけどね。
一応、我が術研は、すぐ上の先輩が新入りの面倒を見ることになってるから、あなたの担当はこのキグナスに任せてあるわ。
ちょっと頼りないかもしれないけど、宜しくね」
「はい、わかりました」
彼女は事務的に答えて、「宜しくお願いします」と僕に頭を下げた。
「えっと、こちらこそ…?」
「なんで疑問形なのよ」
「いや、なんて言って良いのかよくわかんなくて」
術士長に突っ込まれるけど、どうしたものやら…。
確かに、僕には兄弟もいないし、今まで後輩も居なかったし…いや、それ以上に、カンバーランドのホーリーオーダー出身のお嬢様なんて、相手にしたことがない。
いざ先輩として振る舞えとか言われても、まったくもってどうしたものか…。
術士長は、そんな僕を見てケラケラ笑うと、「なにも難しいことなんて、ありゃしないわよ」と言った。