宮廷魔術士物語-1182-
結局、そのまま時は経ち、現在に至る。
皇帝陛下の直属部隊員の方に、簡単な術法をお教えしたことはあっても、僕より下には誰も居ないまま、僕は20歳になっていた。
元々人の上に立つのは苦手だし、教えるのもそれほど得意でない僕にとっては、むしろ好都合だったのかもしれない。
新しく見習いが入ったとしても、僕より世話焼きな人はたくさん居るし、とりわけ僕の出る幕はないだろう。
そんなことを、何となく思っていた時のことだった。
カンバーランド出張から帰って来た術士長に、わざわざ呼び出されたのは。
「術士長、キグナスです」
「空いてるわ。入って」
ノックの直後に、返事が返ってくる。
僕はドアを開けて、術士長室に足を踏み入れた。
「もう、遅いわよキグナス。待ちくたびれちゃったわ」
「すみません。ただ…今日は本来休暇であったことは、考慮していただきたいのですが」
決して早い時間ではないが、昨夜遅くまで本を読んでいた僕としては、もう少し眠っていたかった。
術士長は、悪びれもせず「いやー、あんたが休みなの、すっかり忘れてたわ」とヒラヒラ手を振る。
…いつものこととはいえ、術士長はそういうことにまるで頓着しないんだから。
「ま、今日の振替はどっかに入れてあげるからさ。
まさか寝てるとは思わなかったから、普通にジェミニに迎えに行ってもらっちゃった」
「できれば、今後緊急事態があったとしても、誰か別の人を寄越して下さい。
一々、目覚まし代わりにウィンドカッターを飛ばされてはかないません」
ジェミニ先輩の悪ふざけというか、悪戯のせいで…いや、確かに一発で綺麗に目は覚めたが、羽毛の枕と毛先を切り裂かれてしまった。
もちろん、命に関わるようなことではないが。
「…で、何なんですか?休暇の僕をわざわざ呼び出した理由は」
わざと不機嫌っぽく言うと、術士長は「聞いて驚きなさい!」と人差し指を突きつける。
「キグナス、貴方今日から"先輩"になるのよ!!」
「…はい?」
「だから、新人が入るのよ!!嬉しくないの?」
つい間の抜けた返事をする僕に、術士長はグイッと詰め寄った。
ようやく内容が理解できた僕は「あぁ、そういうことですか」と頷く。