宮廷魔術士物語-1182-
「隙ありっ!!」
そんな掛け声に気づいて、振り向こうとした時にはもう遅かった。
背中に一気に負荷がかかり、膝と腕で支えて顔面衝突はせずに済んだものの、レンガ敷きの地面はかなり痛い。
「うわっ、ゴメン。マジで当たると思わなかった」
「…当たる当たらない以前に、街中で人に跳び蹴りをかますのはどうかと思うよ、ロビン」
手のひらと膝を払いつつ立ち上がると、彼は悪びれもせず「いやぁ、キグナス兄ならいっかと思って」と言う。
君は僕をなんだと思ってるんだ…と言いかけて、よく考えたら8歳の少年の蹴りをまともに喰らう僕もどうなのかと思い、それ以上言うのをやめた。
「だってさ、ギルドの兄ちゃんたちには絶対避けられるし、フェレット姉だと反撃されるし、やられっぱなしでなんか悔しいじゃんか。
でも、こんなに見事に食らったの、キグナス兄が初めてだ」
トレードマークの長いマフラーをまき直しつつ、ロビンは肩を竦めた。
当たり前だが、彼の御両親やシティシーフの皆さんと違って、僕は術士であり、肉体的には世間一般の人とさほど変わらない。
いや、むしろ平均的成人男性と比べれば、体力も腕力も瞬発力も劣っているだろう。多分。
そう説明するのも情けなかったので、「僕で満足したら、他の人にはやっちゃダメだよ」と彼の肩をポンと叩いた。
ロビンは一応納得したようで、「は~い」と返事をしつつ、黙って傍観していたガーネットの方をチラリと見た。
「あれ、キグナス兄が女の人連れてる!!超珍しいじゃん。
まさか、彼女?」
「まさかって何だよ、まさかって。…まぁ、違うけどね。
新しくうちの研究所に配属になった、新人さんだよ」
軽く紹介すると、人懐っこいロビンは、ガーネットに向かってヒョイと手を出した。
「ボクはロビン。お姉さんは?」
「…ガーネットよ」
あまりにあっけらかんとしたロビンに、ガーネットは戸惑いつつも手を差し出した。
ロビンは満足そうに握手すると、「キグナス兄のこと、宜しくね」と笑った。
いや、さすがに君に頼まれなきゃならないほど、情けなくはないと思うけど…。
でも、ガーネットは少し微笑んで、「ええ、こちらこそ」となんだか嬉しそうだった。
…こういう無意識の純真さでは、やっぱりロビンにはかなわないな。