宮廷魔術士物語-1182-


***

そう言えば、僕らは昼食もままならずに、ひたすら掃除に没頭していた。

なんとか部屋からホコリを追い払って、干していた布団を運び込む頃には、外はすっかり夕方になっていた。

ちょっと早いけど、お腹空いたことだし、とりあえず夕食にしようと、外に出る。

「そこが、エマ先輩オススメの雑貨屋さんで、向かいが食料品屋さん。
生活に必要なものは、だいたいこの2軒で揃うけど、他にも欲しいものがあったら、僕なり他の先輩なりに遠慮なく訊いて」

「えぇ、ありがとう。それにしても、賑やかな町ね。色々ありすぎて、退屈しそうにないわ」

ガーネットはそう言って、遠く夕日の沈む方を眺めた。
そして、目を細めて「あれは、なに?」と指をさす。

夕日の手前に、高い塔と十字架のシルエットが見えた。

「あれは、病院だよ。先帝のアガタ陛下が、修道院の中に医療施設を作られたんだ」

「なるほど…。道理で、どことなくカンバーランド風だと思ったわ」

修道院の中に病院を作るなんて発想は、僕たちアバロンの民には思いもつかないことだけど、カンバーランドでは割と一般的らしい。

アガタ陛下は、部屋の余っている修道院の中に病院を作って、貧しい人には無償で治療を行うようにと決めたそうだ。

そして、その病院の中で双子の弟・ピーターさんを看取り、自身もそのわずか1年後に亡くなった。

そんな話をしたら、ガーネットは「市民の為の病院で亡くなった皇帝陛下なんて、素敵ね」と微笑んだ。

「まぁ、個人的にも親しかったっていう、前術士長のタウラス先生に言わせれば、『アガタはとんでもなく破天荒な女だ』って話だけどね。
直属部隊に居た頃は、色々フォローが大変だったって」

「でも、破天荒で型破りな陛下だったからこそ、頭の固いカンバーランド貴族もそれなりに大人しくしていたんだと思うわ。
己を強くもてる人間は、周りに流されることがないもの」

そう、ガーネットは目を細める。

夕日に照らされて、赤い光を照り返す白壁の病院…改めて見れば、それはとても立派で、美しかった。
きっと、それはアガタ陛下という一人の女性の生き様が、そこに刻まれているからなのだろう。
もちろん、僕は会ったことはない。
でも、同じカンバーランド出身というだけかもしれないけど、ガーネットは話に聞くアガタ陛下に似ているような気がして、僕は小さく笑った。

「どうかしたの?」

「いや、なんでもない。ちょっとね…」

本日何度目かわからないはぐらかしで、何事もなかったかのようにその場をやり過ごそうとした、その時。


僕は背後からの衝撃に、その場につんのめった。

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