宮廷魔術士物語-1182-


「ガーネット、血が…」

「あら、本当。でも、このくらい…」

彼女が何かを言い終わるより先に、僕は自分のハンカチをそこへ押し当てた。

僕の顔は、よほど強張っていたのか。
ガーネットは、「別に、大した怪我じゃないわ」と言うが、僕は「静かに」とだけ言って、口の中でもはや癖になった呪文を詠唱する。

ほんの少し、手の中に魔力を集中させて…淡い光が消えのると共に、ハンカチを取る。

指の傷は、跡形もなく消えていた。

「よし、これで大丈夫」

「…これだけの怪我に、術を使ったの!?」

ガーネットは、大きく目を見開いて、小さく叫んだ。

「いや、略式だから大した効果は無いけど…」

「信じられない!!たったこれだけの傷に、わざわざ術法を持ち出すなんて…。いくら略式でも、魔力がもったいないわ」

彼女は、まくし立てるようにそう言った。

確かに、それは正論で…ちょっとしたケガにわざわざ術法を使うなんて、よっぽど魔力を持て余してるか、相手がよっぽど痛みに弱いかどちらかだろう。

僕は、単純に…血を見るのが怖いだけで。

意識が遠のいて、最悪そのまま卒倒してしまう。
なんでこんなに流血に弱いのか、自分でもよくわからない…とにかく、我ながら情けないなとは思っている。

だから、そのことだけは、ガーネットに知られたくなくて…僕は無理やり、「痛そうだったから、ついね」と笑ってみせた。

「突然触ったりしてごめん、ちょっと無神経だったかな」

「いいえ、別に…。ただ、驚いただけよ」

彼女はそう言って、また拭き掃除に戻った。
よし、なんとか誤魔化せたみたいだ。

あとは、術士長以下他の先輩たちにも、口止めをお願いしないと。


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後輩ができるっていうのは、こんなにも面倒なことなのか。
この時の僕は、漠然とそう捉えていた。

単純に、こんなにも会話に困るのは、僕が先輩として未熟なせいで、そのうち慣れるんだろうと。

だから正直、僕には所謂「甘酸っぱい初恋の感覚」的な記憶がない。
初めて好きになった人は、僕にとって初めての後輩であり、男としての意識を完全に"慣れない先輩風"にとって代わられたからだ。

でも、思えばこれで良かったんだろう。
最初から彼女を女性として意識していたら、きっとそのまま、会話もままならなかっただろうから…。


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