宮廷魔術士物語-1182-


なにしろ術士長は、口が軽い上に誇張したがる人だ。
僕がその昔やった、あんな失敗とかこんな失態を、大袈裟に語っている可能性は大有りである。

「あのさ、その昔僕が水術の制御に失敗して、部屋中水浸しにした話とか…」

「それは、聞いてないけど」

「じゃあ、術士就任祝いの宴会で、ジェミニ先輩に無理やりお酒飲まされて、目を回して倒れた話とか?」

「それは、聞いたけど…なにか、知られたくないことでも?」

ガーネットは、僅かに眉を寄せた。
僕は慌てて、「いや、知らないなら良いんだ」とお茶を濁す。

まぁ、お猪口一杯で倒れたのも、充分恥ずかしいけど…一応、僕のどうしようもない弱点は、知られていないらしい。

できれば、一生知らないでいてほしい。


…あれ?でも、今までそんなことを思ったことが、あっただろうか?

先輩たちには、まぁ知られても仕方ないと思ってたけど…ガーネットにことがバレたら、酷く気まずいだろう。

それは、彼女が同い年とはいえ、後輩だからなのか。
それとも…。


「あの、窓拭き、もうそのくらいで充分だけど」

彼女の声で、僕は我に返った。

僕の悪い癖…なにか考え込むと、同じことを無意識のうちに延々と繰り返してしまう。

気が付けば、窓は拭きすぎで、逆に曇っていた。

「あっ、ごめん!!ちょっと、考え事を…」

「なるほど、術士長さんが目をかけるわけだわ。才能があって、尚且つ放っておけないタイプなのね」

「…うん、多分ね」

僕は、そうとしか言えなかった。

顔から火が出そうなくらい恥ずかしくて、おずおずと顔を上げると…彼女は、どこか楽しそうに、微笑んでいた。

ここへ来てやっと、僕は彼女の素顔を見た気がした。

同時に…胸の奥で、一瞬ドクンと脈が波打つ。


「痛っ」

彼女が小さな悲鳴を上げたのは、その胸の高鳴りを抑え込もうと、僕が必死になっている時だった。

「どうしたの!?」

「ちょっと、指に傷が…。ベッドがささくれ立っていたのね」

裂けた木材が、指を刺したのだろう。
彼女は、右手の人差し指を見やる。

そこには、小さく赤い玉が浮いていて…一瞬で、僕の心は青ざめた。


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