宮廷魔術士物語-1182-


「僕は詳しくは知らないけど、きっとホーリーオーダーの方が厳しい縦社会なんだろうなとは思うよ」

僕は何気なく言っただけなのに、彼女は「縦社会なんてものじゃないわ」ときっぱり言い切った。

その強い物言いに、僕はただならぬものを感じ、思わず手を止めてそちらを見る。

彼女は、俯いて静かに溜め息を吐いた。
何かを思いつめるような顔で、雑巾を絞りながら。

そのまま拭き掃除を再開するも、なんだか辛そうな表情で…僕は、差し出がましいかと思いつつ、つい訊いてしまった。


「あの、ホーリーオーダーの修行中に、辛いことがあったの?」

彼女は、ハッと顔を上げた。
途端に、僕はしどろもどろになってしまう。

「いや、余計なこと訊いてごめん。えっと、その…」

「気にしないで。そんな深刻な話じゃないわ。
ただ、カンバーランドのお国柄の問題よ。
バレンヌの自治領だから、表向きは取り繕ってるけど、蓋を開けてみれば王侯貴族が牛耳っている。
なんでもかんでも序列を付けたる国なんだから」

彼女は吐き捨てるように言って、また棚を拭き始めた。

バレンヌ帝国は、王制とはいえ、その王は伝承法によって決まる。
かつては、王家とその親族である上位貴族の中から、基本的に世襲制で皇帝が決められていたが、今はそもそも王家が存在せず、次期皇帝は現職が「伝承法」によってその能力を譲渡し、決まっていく。

そしてそれは、基本的に血筋や出身に関係なく、受け継がれるのだ。


伝承法の初代・レオン陛下、2代目ジェラール陛下は、実の親子。
3代目リチャード陛下は、ジェラール陛下の唯一の嫡孫で、彼が若くして亡くなったことから、王家の直系はここで途絶えた。

リチャード陛下の後を継がれた4代目フリッツ陛下は、リチャード陛下の親友であり、南バレンヌの格闘家集団・龍の穴出身。
当たり前だが、王侯貴族とは元々なんの縁もない人だ。

とりあえず、彼の即位以後、バレンヌ貴族は家としての価値を失い、その能力から役人に任ぜられることはあっても、それを世襲することは基本的に禁じられた。


つまり、バレンヌ帝国において「貴族」と呼ばれる家柄はあっても、実質的な権力は殆ど存在していない。
したがって、家名による箔は、あって無いようなものだ。

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