第1章―少女ミズラ、海を超えて運命の場所へ―


ミズラは、ノーマッドの族長、アルタン・ハーンの三子のうち、末っ子として生まれた。
長女ベスマ、次女ミズラの上に、長男のバツーがいるが、姉妹とは少し歳が離れていることから、ミズラにとって遊び相手といえばベスマであり、村の子どもたちであった。

そんなベスマが、父や兄の代わりにノーマッド代表としてアバロンへ行くこととなり、ミズラは若干寂しさを感じていた。
マメに手紙をくれるとはいえ、雲の上の人間に仕えている姉もまた、遠い遠い人になってしまった気がしていた。

とはいえ、基本的には行動派のミズラである。
大草原を馬で乗り回し、弓の稽古をし、糸を紡いだり機織りをして過ごしていたところに、ひょいと姉からの呼び出しがあったのだ。

姉も20歳を過ぎているわけで、結婚話が出てもまったくおかしくはないのだが…しばらく会っていなかったミズラからしてみれば、まさに急展開である。

「あたし、ばっかみたい…」

つぶやいて、空を仰ぐ。
午後の穏やかな一時、町中には人が溢れかえっている。

実を言えば、帝都アバロンにはあこがれがあった。

ノーマッドの村で育ったミズラにとって、世界といえばどこまでも続く大草原と、同族の人々。
族長の娘という立場から、マイルズの街にはたまに足を運んではいたが、世界一の大都市となるとどんなものなのか、見当も付かなかった。

いずれ慣れるのかもしれないが、人混みと石畳の感触が、どうしても良いとは思えない。
ノーマッドの民族衣装に付属するサンダルは、草原を歩き回るためのもの。
明らかに堅い路面には向いておらず、歩き回っているうちに足が痛くなってきた。

この街で、姉は運命の人と出会った。これだけ人が溢れかえっている中であれば、確かに「運命」なのかもしれない。

「わかんないよ、恋愛なんて」

ボソッとつぶやいた独り言は、ミズラの本心だった。
故郷の村にいた頃、姉があんな甘えた声を出しているのなど、見たことがない。

ほんの数年で、あんなに変わってしまうものだろうか…これも「恋の魔力」なのか。
手紙での惚気には、おもしろがって詳細を聞き出すような返事を出したものだが、実際に見せつけられると、どうしていいのやらわからない。

ただ、2人の間には立ち入ってはならないという暗黙の了解のようなものだけを、ただ感じるだけだ。

置いてきぼりを食らったような、ただむしゃくしゃした感情とともに、そんな自分を客観的にバカバカしいと思う自分がいる。
素直に祝福したいのに、なんとも言えない感情が、細いとが絡み合うように、心の中でわだかまっていた。

いつまでも、ウロウロしていても仕方がない。
中心街の様子はだいたい分かったので、ここは素直に宿に戻って、2人を待つことにした。
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