間奏曲―短編集。 ミズラと、仲間と、彼らを取り巻く人々―
「もうお花の手配もお願いしちゃったし、あとは姉さんと相談したいものくらいしか残ってないわ。ハクヤクに言われた宿題も終わっちゃったし」
「やっぱり、ミズラさんには素質があったみたいですね。
でも、このことが知れたら、ハクヤク先輩のことだから、もっと難しい課題を押しつけられますよ」
「だから、まだ出来てない振りして、ここに来てるんじゃない。くれぐれも、内緒にしてよ」
実際、これまで術法どころか、まともに学校に通ったこともないミズラではあったが、素養はあったようで、なんだかんだと文句を言いつつも、ハクヤクから言われただけの術法は修めることができたのだ。
ただし、それがハクヤクに知れれば、更に難題をふりかけられるのは目に見えていたので、こうしてまだ出来ていない振りをしているのである。
「よし、ボタン付け完了!これでもう大丈夫よ。ついでに色々直しておいたから、すぐにはダメにならないはず」
「すみません、ありがとうございます」
受け取るなり羽織ったキグナスは、愛用のローブにいつもとは違う違和感を感じた。
「あれ?なんか丈が短くなってます?」
「うん。なんか、裾が長くて引きずってたみたいだったから、ちょっと裾上げしてみたの。それだと、またすぐダメになっちゃうし。余計なことだった?」
「いえ、そんな!助かります。実は、ローブを授かった時に見栄張って、普通のサイズで発注しちゃったんです。
あの時はまだ15歳だったんで、もうちょっと背が伸びるかなと期待してたんですが、やっぱり大して大きくならなくて」
そう苦笑するキグナスは、確かに同年代の青少年と比べればいくぶん小柄である。
元々長いローブの丈が合わなかったのは、そういう理由らしい。
そもそも、術士のローブはすべての研究所員に与えられるわけではない。
研究所に所属して数年経ち、一人前の術士として術士長に認められた者にだけ、国から下賜される特注の品だ。
つまり、そのローブを15歳の若さで授かったキグナスは、それ相応の実力と認められているのだ。
しかし、中身は悩みも多い年頃の青年。
本人は身長が伸びないことを気にしているようだが、ミズラは笑って「そんなこと、気にしなくたって良いじゃない」と言った。
「トータスみたいな重装歩兵じゃともかく、術士なんかそんなに大きい必要もないんだし。
キグナスは頭も良いし、性格も優しいからそれで十分よ。背が伸びたら、また丈を合わせてあげるわ」
「ありがとうございます。…そうですね、無理しても仕方ないですもんね」
ようやく自分にちょうど良くなったローブを見下ろして、キグナスは少し安心した。
ちょうどそこへ、ドアがノックされる。
キグナスが「はい、開いてます」と声をかけると、大雑把に扉が開かれた。
「ミズラっ!やっぱりここに居たか?!」
「トータス?!どうしたの、そんなに慌てて」
皇帝直属部隊の一員で、通称「アバロンで一番軽い重装歩兵」こと、トータス。
その底抜けな明るさと、フットワークの軽さからそう揶揄されているのだが、仕事中ではなく一切鎧を着ていない現在は、本当に身軽なようだ。
「いや、迎えに来てやったんだよ!ジャックとミズラが、たった今アバロンに帰ってきたところだ!」
「ホントに?!もう?」
「ああ、なんでも船が思ったより早く着いたらしい」
到着は夕方と聞いていたが、現在はまだ午後3時頃である。
だが、そんなに慌てることもない。単純に、早めに着いただけなのだから。
「もう家に着いてるぞ。ミズラはすぐにでも会いたがると思ったから、走って知らせに来たんだ」
「ありがとう、嬉しいわ。すぐ行く。それじゃキグナス、お勉強してるところ、用もないのにお邪魔してごめんね」
「いえ、こちらこそ。色々ありがとうございます。ベスマさんとジェイコブさんにも、宜しくお伝え下さい」
にこやかに手を振るキグナスに見送られ、2人は研究所を出る。