第3章-後編 ―戦士ミズラ、聖なる塔を登る―
「ありがとうございます。おかげで街も平和になりました」
そう頭を下げるのは、今も松葉杖で歩いているこの男性。
ネマーンの父親であり、テレルテバ守護部隊の隊長であるアルマノスである。
息子によく似た顔立ちで、現在はケガで療養中ではあるが、鍛え上げられた身体は普段ならパワーが有り余っていそうだ。
すでに50歳近いというか、全く衰えた雰囲気はない。
「いやぁ、恐れ入りました。
なにしろ、術法を使ってくるようなモンスターなど、この辺りにはおりませんでしたから。
さすがに無謀であったと、反省している次第です」
そう言いつつ、ガハハと豪快に笑う。
ハリーは苦笑しながら、「いえ、我々が策を立てられたのも、隊長殿の情報のおかげですから」と答える。
「(さすが、ネマーンのお父さんだわ。猪突猛進って、まさにこんな感じね)」
ミズラはそう言いたかったが、みな思っていることは同じなのだろう。
ジェイコブが、口元に指を当てて、黙っていろと伝えてくる。
「砂漠に出ている上の息子が戻りましたら、すぐにでも守護部隊を再編いたします。
今回の一件で、我々の意見は一致いたしました。
どうぞ、この街をバレンヌ帝国の一部としてお治め下さい。
我々砂漠の戦士団は、これより帝国の国軍としてお力になりましょう」
「ありがとうございます。
しかし、その為には砂漠一帯をこちらで把握せねばなりません。
…ところで、息子さんが砂漠に出ているとおっしゃいましたが?」
問われて、アルマノスは「いやぁ、もう一月ほど戻っておりませんで」とため息を吐く。
「この町に、古くから伝えられる話なのですが…砂漠には、幻の移動する湖…『移動湖』と呼ばれるオアシスがあるというのです」
「移動する湖?」
そこへ口を挟んだのは、トータスだ。
「なんじゃそりゃ?
流砂の関係で、湖が潰れたり現れたりしてるってことか?」
「いえ、そうではありません。
本当に移動しているのです。砂漠の数カ所を、まるで彷徨うかのように。
見つけたと思って近づくと、幻のように消えてしまう。
しかし、何故かごく希に、その中に入ることが出来…一度入った者は、もう二度と戻ってこないと言われています」
それまで黙って聞いていたハクヤクが、「よくある蜃気楼の類では?」と言うが、アルマノスは「いや、それが存在そのものは本当らしくて」と言い返す。
「でもって、その移動湖には伝説の武器が眠っていると言われてます。
うちの馬鹿息子は、それを探すって言って出てったきり、戻ってこんのです」
「なるほど…。それは、不思議な話ですね」
口元に手を当て、ハリーはしばらく考え込む。
その間に、ハクヤクが大げさに咳払いをした。
「まさか陛下、我々でその存在を探し当てようなんてお考えではありませんよね?」
「いや、そこまではいかないけれど…いずれにせよ、この辺り一帯がバレンヌの国領となるなら、その実地調査は必要だろう。
そのついでに、団長殿のご子息の消息を探すというのは、どうだろう?」
やっぱり、とため息を吐くハクヤクを押しのけ、ミズラは「賛成!」と手を挙げた。