第3章-後編 ―戦士ミズラ、聖なる塔を登る―


「冥術は、天術と相反する術法です。
かつては、人類においても冥術を使いこなす術はあったようですが、何らかの理由により、その唯一の魔道書はどこかに封印されました。
それが、かのレオン陛下の治世よりずっと昔のことです。

以来、冥術を使う術士はいませんが、一部のモンスターがそれに類するものを使っています。
そういう状態ですから、あまり研究は進んでいないのですが…対象を混乱させたり、動けなくさせたりといった術法が多いようです」

「その団長さんが食らった、意識が混濁した光っていうのは、混乱状態に陥る冥術だったってことね?」

「そういうことです。
確かに厄介ですが、状態変化を解く術法があればそれほど怖くはありません。
状態回復に効果のある水の術法は、ミズラとジェイコブが習得していますから、いざとなったら2人とも頼みましたよ。

今回も陣形はインペリアルクロスのつもりですから、最前線のトータスが混乱したりしたら、かなり面倒なことになります。
敵が術法を使ってくると思ったら、できるだけ視線を外して、直視しないようにして下さい。
それで、かなりの確率で混乱を避けることはできるかと」

「おう、いざとなったら盾の陰に入るから、大丈夫だぜ。
俺たちには、なんたって天才軍師ハクヤクの頭脳があるんだ。なんとでもなるってもんさ」

満面の笑みでトータスはそう言うが、言われたハクヤクは「策に頼りすぎてし損じることもありますからね」と、無表情のまま再び帳面を開いた。

いつもの反応だ。
今更どうとも思わないが、そういえばハクヤクが笑っているところなど見たことがないことに、ミズラは今気づいた。

「小生から申し上げられることは以上です、陛下。ご決断を」

「ありがとう、ハクヤク。
出発は、予定通り今晩零時。目的は、聖なる塔を占拠したモンスターの討伐。
各人、それまでゆっくり休んで、準備を整えておいてほしい」

ハリーの言葉に、全員が「了解」と言いかけた、その時。


大仰な音と共に、一カ所しかないドアが派手に開かれた。


「頼もーっ!!」

威勢の良い声に振り向くと、長いマントを小柄な身体にグルグルと巻き付けた少年が、身の丈に合わない大剣を抱えて立ってる。

大きさがそぐわないとはいえ、その装束は砂漠の民のものであり、浅黒い肌に黒い瞳。
ほぼ間違いなく、この町の住人だろう。

しかし、まるで道場破りかと思うような態度でドアを開け放ち、明らかに食事が目的とは思えない歩みで中に入ってくる。

「なんだ坊主、ここのご主人なら厨房の奥だぜ」

一番入り口に近かったトータスが立ち上がり、その少年を見下ろすが、彼はその前を素通りしてテーブルに近寄る。

「あんたが、バレンヌの皇帝陛下か?!」

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