第3章-前編 ―戦士ミズラ、灼熱の砂漠を渡る―
ミズラがふと目を覚ました時、見知らぬ天井がそこにあった。
あれ?と思うと同時に、意識を失う前のことが何となく思い返される。
「(サンドバイターと戦って、吹っ飛ばされて…砂飲み込んで喉がどうにかなってたんだっけ?)」
若干違和感は残るが、喉に痛みはない。
とりあえず喉が渇いていたので、枕元のサイドテーブルに置かれた水差しから勝手に水を飲んだ。
自分がここで寝ているということは、一行はテレルテバに着いたのだろう。
しかし、ここまで自力で来た覚えはない。
そもそも意識が飛んでいたのだから、歩けるわけもないのだが。
「(トータスあたりが、抱えてきてくれたのかな?)」
ほんの少しのだるさは残るものの、いつまでも寝ているわけにもいかない。
ミズラは起きあがり、ベッドサイドに置かれていたサンダルに足を入れた。
個室のドアを開けると、廊下の先に明かりの点いた部屋がある。
どうやら食堂らしく、開けるとガランとしていた。
西日が差し込んでいることからして、まだ食事時ではないのだろう。
それなりに広い室内の一角で、こちらに背を向けて何かを眺めている後ろ姿があった。
「…ハクヤク?」
近づいて声をかけると、彼が振り返る。
手元には、分厚い本と走り書きされたメモ。
「やっと目が覚めましたか。もう夕方ですよ」
「あたし、どのくらい眠っていたの?」
「…ざっと、5時間といったところですね。こちらに到着したのが、昼前でしたから。
こちらのご主人が、治療してくれたのですよ。調子はどうですか?」
「もう、大丈夫。ありがとう」
答えつつ、ミズラは彼の向かいに座った。
本の内容は、テレルテバの歴史的建造物についてのようだが、ミズラにはさっぱり分からない。
「他のみんなは?」
「私室で休むように言ってあります。昼時の食堂を利用して、出来るだけの情報は集めてありますから。
早速今夜、あの塔に突入しますよ」
「今夜?もう?」
「えぇ。聴いたところによると、あの3本ある塔のうち、真ん中の塔にモンスターが住み着いているそうです。
どうやら何かを探っているようで、今のところ向こうから仕掛けてきたことはない、とのことですが…」
「中を探ろうとした人間が、返り討ちに遭ってるってこと?」
「そういうことです。まあ、命までは奪われなかったようですが」
そんな話をしていたところに、宿の主人らしき人物が入ってきた。
「お嬢さん、目が覚めたのかい。どうだい、調子は?」
「ありがとうございます、おかげさまですっかり元気です」
砂漠の民特有の、浅黒い肌をした主人は、「ちょっと待ってな、お腹空いてるだろ。何か用意してやる」と厨房へ引っ込んでいった。
お構いなく、と言おうとしたミズラだったが、さすがにまだ夜も明けやらぬうちから歩き続け、昼食も食べそびれたことから、確かに空腹だった。
ありがたくいただくことにして、再びイスに座り直す。
「ところで、なんで今夜なの?
夜だと、暗くてこちらが不利なんじゃない?」
「聞いた話によると、奴らは日が落ちると塔から出てくるそうです。
つまり、中の警備はがら空きになる。…その隙に、一番上まで上って、敵の大将を討てば良いのです」
「大将?あっ、他のモンスターを操ってる親玉がいるってことよね?」
「えぇ…厄介なのは、更にその上についている存在ですが」
「その上…?」
手元のメモに色々と書き写していた手を止め、ハクヤクは小さくため息を吐いた。
「最上階で、敵の大将に挑んだという無謀な勇士が、こう証言したそうですよ。
『やつは、あの七英雄ノエルの部下で、この塔を任された存在だと言っていた』と」
「しっ、七英雄?!」
思わず素っ頓狂な声を上げるが、ハクヤクは平然と「それなら、辻褄も合うというものですよ」と言い放った。
「雑魚とはいえ、モンスターを束ねる力のある上級モンスターです。
それを更に使役できるだけの存在…それが七英雄だというなら、それとなく納得がいくものでしょう」
「七英雄、ノエル…それって、どんな人なの?」
「知りませんよ。堂々とステップを乗り回していたボクオーンあたりならともかく、他の七英雄についてはまだまだ謎も多いですからね。
もしかしたら、黒幕がノエルだというのも、ただのはったりかもしれませんし」
「…それもそうよね」
納得してしまうと、そこで話題が途切れる。
ハクヤクは、引き続き黙々と何かを書き写しているが、ミズラはなんとなく居づらい。
「(ホント、ハクヤクって無口よね…。
なんというか、議論以外で長々喋ってるイメージがないわ)」
心の中ではそんなことを思うが、口に出すつもりなはい。
もしかしたらこの天才軍師は、そう思われていることすらお見通しなのかもしれないが。
その場でほおづえをつき、小さくため息を吐く。
主人が何か持ってきてくれると言った以上、今更部屋に引っ込むこともできないし、机を移動してもわざとらしい。
そのまま黙って向かい合っていることも、正直やりづらいのだが。