第3章-前編 ―戦士ミズラ、灼熱の砂漠を渡る―
「ミズラッ!!」
遠くからハリーがそう叫ぶ。しかし、大降りの攻撃によって出来た隙を、逃すわけにはいかない。
「喰らえっ、音速剣っ!!」
トータスが素早く剣を振り、脇からジェイコブが得意の二段突きを繰り出す。
さすがにダメージが蓄積し、仰け反ったその身体に、ハリーは流れるような動きで大剣を叩き込んだ。
あの「軍神」と讃えられた皇子ヴィクトールが得意とした、"流し斬り"の技だ。
その一撃は、確実にサンドバイターの身体に打ち込まれ、今度こそ敵は断末魔を上げて地に伏した。
敵が動かなくなったことを確認すると、4人は口々にミズラの名を呼びながら、彼女の元へ駆け寄った。
たまたま近かったこともあるだろうが、真っ先に駆けつけて彼女を抱き起こしたのは、ハクヤクである。
「ミズラ、しっかりしないさい!それでも、帝国が誇るハリー皇帝部隊の一員ですか?」
そう声をかけられ、ミズラは僅かに目を開けると、咳き込み始めた。
状況からハクヤクが彼女を俯せにしてやると、その口から砂が吐き出される。
「大丈夫かいミズラ?!しっかり!」
駆け寄ったハリーが背をさすると、ミズラは手で大丈夫と示した。
「砂が…口に思いっきり…気持ち悪い」
途切れ途切れにそう口にするが、再び激しく咳き込む。
ハリーは、持っていた水筒の口を開け、差し出した。
それをもらって、なんとか口を濯ぐも、今度は水が喉に引っかかったのか、再び苦しそうに咳をする。
「砂漠の砂は軽くて細かい…どうやら、喉をやられてしまったようですね。
かなり体力も消耗していますし、このまま呼吸困難になれば、弱る一方でしょう」
冷静にそう診察するハクヤクに、トータスは「術でなんとかならないのかよ」と言うが、やはり冷静に「無理です」と返ってきた。
「体力はなんとか、術でも保たせられるでしょうが…根本的な解決にはならないでしょう。本人に、目的地まで頑張ってもらうしかありません。
まったく、戦場でぶっつけ本番の高等術法なんか使うからですよ」
ハクヤクはそう言い捨てるが、トータスはそれに「お前を助けるためだろっ!!」と突っかかられる。
「ミズラだって、お前を助けようと必死だったんだからな!
なんでもかんでも、そうやって切り捨てるのもいいかげんに…」
「トータス、その辺にしておいて」
その言葉を、ジェイコブが制する。
「ハクヤクは、素直じゃないだけで、本当は感謝してるのだから。それに今は、それどころではないだろう」
「ジャックの言うとおりだよ。ミズラ、少し飲めるかい?」
水筒を口元で傾けられ、何とか口に含むものの、ミズラはしばらくして、やはりはき出してしまった。
「…先を急ごう。体力はともかく、乾きが心配だ。
ハクヤク、少し重いけど、これを」
ハリーは、背負っていた愛用の大剣をベルトごとはずすと、それをハクヤクに渡した。
代わりに、既に意識が遠のきかけているミズラを背負い込む。
「陛下、いつ敵が出てくるか分からない状況で、武器を手放されるのは、些か不用心では?」
「僕が最も適役だと思うけどね。
トータスは防御の要、ジャックが攻撃の要。
ハクヤクが武器を使わないにしても、君に人間ひとりを背負って歩くだけの肉体労働が出来るかい?」
そんなことを言いながら、ハリーは歩き始める。
ハクヤクは、重い大剣を両腕で抱えながらその後に続いた。
「出来るかと言われると、癪ですが…お言葉に従いましょう。
いつ腕がしびれるか分からない小生に任せられては、いち早く敵襲に気づいたミズラの功績に対して、割に合いませんからね」
「まったくだな…さっきミズラが敵の気配に気づかなかったら、オレたち陣形もまともに取れないまま、戦うハメになってたぜ」
「ミズラは元々、そういう勘が鋭いけれど…実践に出るようになってからは、ますます磨かれている感じがする。
戦闘そのもののセンスも、どんどん上がっているし…ベスマも努力家ではあったけれど、ミズラはそもそもの才能が違うのかも知れない」
そう言いながら、ジェイコブはぐったりとするミズラの前髪を梳いてやった。
幸い、砂の飲み込みと暑さや戦闘による体力消耗だけで、さほどの怪我があるわけでもない。
肩口に、小さな吐息を感じながら、ハリーは「そうだね」と小さく微笑んだ。