第3章-前編 ―戦士ミズラ、灼熱の砂漠を渡る―
明朝、まだ日も昇りきらぬ薄暗い中を、皇帝ハリー率いるバレンヌ精鋭部隊が出発した。
ランプが必要なほどではないが、あくまで周りはまだまだ薄暗い。
「砂漠で一番注意しなければならないのは、まず流砂です」
軍師の言葉に、トータスが「りゅうさ?なんじゃそりゃ」と首を傾げる。
「そのままですよ。砂の流れです。このメルー砂漠には、複数の流砂が走っています。
装備が重いトータスはともかく、軽いミズラなどはうっかり足を取られると、そのまま流されかねません。くれぐれも、気をつけて下さい」
言いながら、足下に落ちていた小石を投げる。
すると、それはいとも簡単に砂の上を流れていった。
「ようするに、見えにくい川が流れてると思えば良いのね?」
「そういうことです。陣形は、インペリアルクロスでいきましょう。
陛下を真ん中に、先頭がトータス、サイドにジェイコブとミズラ、後方は小生が。
この時間ではまだ、さほどモンスターは活動していないと思われますが、この薄暗さでは視界も悪い。くれぐれも気をつけて下さい」
旅程におけるハクヤクの言葉は、ハリーよりも決定力がある。
一行は黙って頷き、所定の位置についた。
空では、ハッキリと明るい月が煌めいている。
夜明けが近づいているとはいえ、ようやく春になったばかりでは、砂漠の夜はむしろ寒いくらいだ。
「ってか、ホントにめちゃくちゃ暑くなるのか?今んとこ、そんな感じしないんだけど…?」
先頭を歩くトータスが、ガチャガチャと音を立て砂を踏みしめる。
彼については、「砂漠でその装備は辛いだろうから、全身鎧はやめておけ」と町で念を押され、いつもよりはかなり軽い装備で歩いているほどだ。
しかし、ハクヤクはやれやれとばかりに「あなたは、一体何を下調べしてきたのですか」とため息を吐いた。
「砂漠の特徴として、昼と夜の寒暖差が激しいということは、再三言ったはずです。
いつもの鎧を着こんで来ようものなら、間違いなく砂漠のど真ん中で鉄板焼きになりますよ。
いつもの調子で、あまり敵陣にのめり込まないように。わかってますね?」
「わーったって。しっかし、なんか落ち着かねぇ…なんか身体か軽すぎて、戦闘態勢だってこと忘れそうだぜ」
「ちょっと、お願いだから敵が来てもぼーっとしてないでよ?!トータスがやられたら、あたしたちが危ないんだから!!」
この時はまだ、そんなことを言っている余裕があった。