第3章-前編 ―戦士ミズラ、灼熱の砂漠を渡る―
「ハクヤクとミズラの言うとおり。僕らは、バレンヌの代表としてここへ来た。
とはいえ、これはいずれ国に関わる事件。よって、その解決に当たろうと思う。
砂漠を渡ることも含めて、間違いなく危険が伴うだろう。みんなの意見を聞かせてほしい」
皇帝ハリーの言葉に、トータスが「当たり前だろ、そんなの!」と拳を握りしめる。
「領土だろうがそうじゃなかろうが、困ってる人間を放っておいたら、皇帝ハリー部隊の名が廃るぜ。
な、ミズラ、ジャック?」
「そうよ。これ以上の被害を出さないためにも、あたしたちがテレルテバへ行くべきだわ」
「同じく。と、言うより…ハリーがこうやって、人助けに理由を付けるのも、珍しいことだね。
わたしはてっきり、『すぐにでもテレルテバへ行って、塔を解放しよう』って言い出すかと思ったよ」
口々に言われ、ハリーは微笑みながら「いや、こうでも言わないと、ハクヤクに反対されるかと思ってね」と言った。
名前を出されたハクヤクは、相変わらずの不機嫌そうな顔で「ええ、それはまあ」とあっさり言い放つ。
「これがまた、陛下がいつものお人好しでことに当たろうとしたなら、小生も引き留めたところでしょうが…今回は真っ当な理由があります。
むしろ、それが本来の目的ですから」
「…ありがとう、半分くらいはお人好しなのを黙認してくれて」
ハリーはそう苦笑するが、ハクヤクは「ただし、余計なことにまで手を出すのは関心しませんからね」と言い切った。
「そうと決まれば、出発は早いほうが良いでしょう。
砂漠に慣れていない我々が、最も暑い正午前後を歩くのは危険です。明朝出発して、昼にはテレルテバに着く予定で行きましょう。
各人、余計な物は持って行かないように。
今夜はしっかり休まないと、朝が辛いでしょう。各人、早めに夕食を取って、休むようにしましょう」
広げていた地図を丸め、ハクヤクは「食堂に、夕食を頼みにいってきます」と部屋を出て行った。
とりあえず、打ち合わせは終わったと判断して、ミズラは部屋の隅に置いてあった荷物を手に取った。
そのまま、中身を整理しようと口を開けたところで、「あっ、ミズラ」と声をかけられる。
「なに、ハリー?」
「部屋割りなんだけど、君は隣の個室を使って。僕が、こちらで休むから」
「えっ、でも…」
わざわざ、「皇帝陛下の為に」と宿が用意してくれた部屋を、たかが側近の自分が使っては悪いと思ったが、当の皇帝は「いいから」と笑っている。
「着替えとか、困るだろう?年頃の女性を、むさ苦しい男部屋に押し込むのも気が引けるしね」
「そうそう。ハクヤクに聞かれると、『特別扱いはよくない』とか色々言われるから、今の内に荷物もって引っ越しちまえよ」
「…じゃあ、そうするわ。ありがとう」
トータスにも言われて、ミズラは再び荷物の口を閉じた。
いつものことではあるが、まったくもってこの皇帝は気遣いが上手い。
「(別に、ハクヤクが意地悪ってわけじゃないけど…厳しいだけで)」
情に篤い皇帝と、理性を立てる軍師…そんな組み合わせだからこそ、上手くやっているのかもしれない。
荷物を持って部屋を出ながら、ミズラはそんなことを思った。