第3章-前編 ―戦士ミズラ、灼熱の砂漠を渡る―
新婚のジェイコブとベスマが、新しい命を授かったと分かったのは、アバロンを出発する直前のことだった。
自分も妹のミズラもアバロンを立ってしまうため、ひとりアバロンに妻を残すことを心配したジェイコブだったが、本人の「大丈夫」という言葉と、ハリーの両親がたまに様子を見に来てくれるということで、そのまま旅に出てきたところである。
姉に何度も「無理とか無茶はするな」と念を押しているジェイコブの姿を思い出して、ミズラは思わず吹き出した。
「自分が居ないところで赤ちゃん生まれたりしたら、ジャック兄さん心配で、気を失っちゃいそうだものね」
「うわ、あり得そうだなそれ」
「…2人とも、なにを勝手に」
本人は不機嫌そうにそう言うが、顔が真っ赤だ。
元々、ジェイコブが心配性で気を遣いすぎる性格だということは、これまでの付き合いと妹・バルバラから聞いた話で、十分理解しているつもりだ。
本人は頑なに認めようとしないが、生まれた子が女の子だったりしたら、一生気を揉みかねないとハリーにまで言われている。
「大丈夫よ。あたしもお産には立ち会うって約束したし、秋までには帰れるわよ。きっと」
「だよな、なんだかんだ言ってハリーも気にしてたしよ。
生まれたら、オレにも抱かせてくれよ」
「…城の装飾品の壺を落として割ったようなトータスに抱かせて、安全だとは思えないのだが」
「うわっ、酷っ?!」
そんな会話をしている内に、店の木戸が音を立てて開く。
店の中の人間が一斉にそちらを向くが、入ってきたのはこの場に居なかった2人の仲間―皇帝ハリーと、軍師ハクヤクだった。
「お帰りなさい、2人とも。何か情報はあった?」
「あぁ、おかげさまでね。ここでは何だから、部屋で話そう。
せっかくお茶していたところに、悪いけれど」
ハリーはそう言うが、ジェイコブは「見て通り、お茶をもらってたのはミズラだけだよ」と立ち上がった。
「トータス、また昼間から酒ですか?しつこいようですが、遊びに来ているわけではないのですからね」
相変わらず不機嫌そうなハクヤクに言われ、トータスは「ちょっとだけだって」と瓶に栓をした。
ちゃっかり、それを抱えて立ち上がったが。
ミズラも、慌てて残っていたお茶を飲み干す。
やはり、ステップのものでも煎じ方が違うのか、底の方が思ったよりも渋くて、ミズラはほんの少しむなしい気持ちになった。