序章―在位期間は、歴代最短の5年。 それでも人々は、彼女の名を語り継ぐか―

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□皇帝紡歌-序章-
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興味を持った歴史学者数名は、サバンナへと旅だった。

カンバーランドから、陸路でステップを横断し、サバンナへ。
途中、ノーマッドの集落へ立ち寄ったものの、移動民族である彼らの元には、これといった資料は残されていなかった。

しかし、同族から出たバレンヌ皇帝ということで、未だにミズラ帝の人気は高い。
お年寄りから小さな子どもにまで、すべての遊牧民が彼女の名を知っていたくらいだ。

そして、退位後サバンナに住んでいたということも、知られていた。
皇帝即位以前…いや、彼女がバレンヌへ行くまでは、族長の娘として自由奔放に育ち、武芸だけでなく伝統の織物も得意としていたことも。

それだけの情報を手に、一同はサバンナへ向かう。

ミズラ帝が住んでいたという南の集落。
集落よりさらに南の丘の上に、彼女が最後の仕事として建立した慰霊碑がそびえ立つ。

学者たちが、そこに住む人間に「アバロンから、ミズラ帝について調査にきました」と伝えると、彼らはにこやかに対応してくれた。

「あの方の愛用されたものなら、まだ残っていますよ」

村長がそう言って案内したのは、村の一角にある粗末な家屋であった。
ずいぶんと古いものではあるが、未だにきちんと手入れされている。
しかし、現在は人が住んでいるとは思えない。

その建物の中に、大きな布をかぶせられた物があった。

村長の許可を取ってそれを暴くと、そこに鎮座していたのは、糸車と織機。
年代を経てはいるが、保存状態は良い。代々の村人たちが、丁寧に保管してきたのだろう。

「ミズラ様は、ここにお住まいになられました。そして、この糸車で糸を紡ぎ、織機で布を織って暮らしておられたのです」

彼らが先祖から聞かされた、在りし日のミズラ帝の生活。
それは、かつて巨大なバレンヌ帝国の頂点に立っていた皇帝とは思えないほど、質素で慎ましやかな暮らし。
しかし、自らの選んだ生き方に後悔は無かった。そう思われる。

サバンナの大地で採れた綿花、養蚕で得た繭から木綿や絹を作り出し、それを織って生地にして、服を仕立てたり、そのまま行商に出したりしていた。
そして、ノーマッド伝統の織物とも、その土地に元々あった布とも違う独自の織物を作り出したのだという。

村の人々は、彼女の名前をとってそれを「ミズラ織り」と呼んでおり、その技術は現在も村に伝わっている。
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