第3章-前編 ―戦士ミズラ、灼熱の砂漠を渡る―
帝国歴1180年、3月。
皇帝ハリーは、自身の部隊を率いてオレオン海を横断、カンバーランド南方の街マイルズを経て、ワイリンガ湖の湖畔にある小さな街・ビハラへと到着した。
今回の目的は、ここから更に南方―メルー砂漠の越えて、イロリナ河のほとりにあるテレルテバの街を視察することであった。
メルーの砂漠地帯は、どの国家にも属さない独立地域ではあるが、ステップから北は帝国領。砂漠地帯で何かあった場合、その被害が及ぶ可能性もある。
そうなれば、無関係ではいられない。
特に帝国の領土が拡大し始めた、伝承法以後、歴代の皇帝は世界各地を自分の足で歩いて見て回った。
そして今回、ハリー帝が選んだのが、未だ帝国の足を入れられていないメルー砂漠地帯だったのである。
「しっかし、砂漠ってのはどんなもんなんだ?ずっと砂ばっかで、木とか全然ねえんだろ?」
重装歩兵・トータスは、ビハラの食堂兼酒場の一角で、地酒を傾けながらのんきに言う。
一応注釈しておけば、着いたばかりとはいえ現在はまだ昼間であり、他に酒を飲んでいるような客は一人もいない。
むしろ、よそ者は珍しいのか。食事中のお客の数名は、ちらほらとこちらに視線を投げている。
単純に、大柄で目立つトータスと、長いホーリーオーダーの外套をまとったジェイコブ、ノーマッドの民族衣装を着たミズラの取り合わせが、不可解なのかもしれないが。
しかし、そんなことはお構いなしに、トータスは酒を傾ける。
ジェイコブは「あまり飲み過ぎると、ハクヤクに怒られるよ」と苦笑するが、本気で窘めるつもりはないらしい。
「オレ、まともにバレンヌ一帯から出たこともねぇし、正直どんなもんだかサッパリ想像つかねえんだけどよ。
ミズラ、お前は砂漠って行ったことあるか?」
「まさか。あたしだって、つい最近までステップからまともに出たことなかったのよ?
草原で育った人間に、草木の生えない土地なんて想像つかないわ」
香茶を啜りつつ、ミズラはそんなことを言う。
ちなみに、ワイリンガ湖に阻まれてはいるが、ステップやサバンナとの間に交易のあるビハラには、ステップ地域の香草があり、つい懐かしくなって注文したものだ。
想像していた味と、淹れ方もしくは煎じ方が違うのか、若干違和感がある。
それに僅かに顔をしかめたミズラに、トータスは「だよな、普通」と肩を竦めた。
「道は一応しっかりあるらしいけどよ、慣れてない人間には危険だってさっきマスターも言ってたし。
うっかりどっかで迷ったりした日にゃ、帰った頃にはもうベスマの子が生まれてるんじゃねえか?」
それにジェイコブは、「まだ、そんなに早くは生まれないよ」と返す。