第2章―少女ミズラ、伝説の"皇帝の半身"と出会う―
「…まあ正直、私も恋愛なんてよくわからないわ。人の恋愛は色々見てきたけど、自分がそんな気持ちになったことないんだもの」
「そうなんですか?」
「ええ。7歳の時にホーリーオーダーになるために、ソフィア叔母様の所へ送られて、17歳の時に皇帝になるまで、周りに男性なんか殆ど居なかったんだもの。
皇帝になったらなったで、国のことで精一杯。恋愛なんて考えられなかった」
17歳。今の自分より若くして皇帝となったのだ。
国のために人生を捧げて、失った青春は大きかったに違いない。
ミズラの考えていることが分かったのか、アガタは「でもすごく楽しい人生だったわ」と微笑んだ。
「環境に恵まれてたのよね。メディア姉さんがいてロンがいて、タウラスやルビーやフリッツ…みんな、私の兄弟であり姉妹であり、親であり恋人でいてくれた。
それに、"もうひとりの私"が居たんだもの。みんなが居てくれれば、他になにも要らなかったの」
「もうひとりの、アガタさん…?」
「そう。だから私は、2人分の人生を送ってきたのよ。苦しみは半分に、幸せは2倍になった。
だからミズラにも、ハリーにとってそういう存在になってほしいの。難しく考える必要ないから、どうか側にいてあげてね」
「…はい」
暖かい腕に包まれたミズラは、そのまま自然とアガタの背中に手を回した。
そして、その身体の細さに驚く。
「(骨に触れられてしまう…こんなに、やつれてるのに笑顔で…なんの病気なの?)」
聞くことはできなかった。細い身体だというのに、気丈な元皇帝はとても温かくて…ミズラは、何とも言えない気持ちになった。
コンコン
ドアをノックされる音。ミズラがドアを開けに行くと、そこには花瓶を抱えたハリーが立っていた。
「ただいま。すみません、待たせて」
「あら、別に退屈なんかしてないわよ。ミズラに、昔話に付き合ってもらってたんだもの」
新しい花瓶を受け取って、アガタはベッドサイドに置いてあった花束を取った。
「素敵な香り…香雪蘭なんて、久しぶりだわ。これ、選んでくれたのはミズラでしょう?」
「えっ、どうして分かったんですか?」
「だって、ハリーじゃ香雪蘭ってセレクトにはならないわよ。こんな小洒落た花を持ってくるようなセンス、持ってないでしょ」
「…残念ながら、図星ですが」
当のハリーは苦笑するが、アガタは「だから、ハリーらしいとも思うけどね」と笑った。
「本当に、ありがとう。お花を眺めていると、とても明るい気持ちになるのよ。
ここに、置かせてもらうから…これ、一輪だけ下に持って行ってあげて」
生けた花瓶を窓際において、その中から一際大きい香雪蘭を一輪、ハリーに手渡す。
ハリーはそれを、「分かりました」と受け取るが、ミズラは意味が分からず、心の中で小さく首を傾げていた。
「そうだアガタさん、さっき院長が、後で巡回に伺うって…」
「あら、そう。もうそんな時間なのね。皇帝陛下を、いつまでも拘束してちゃ悪いわね。仕事、溜まってるんでしょ?」
「いえ、ハクヤクに頼んで、夕刻までには帰るって約束になってますから…それじゃ、今日はこの辺で失礼しますね。
また、ちゃんと顔出しに来ますから」
ハリーの言葉に、アガタは「約束よ」と、笑顔でその頬に触れる。
「ミズラも、また遊びに来てね。今度は、お姉ちゃんも一緒に。ステップの今とか、聞かせてもらいたいわ」
「はい、きっと」
しっかり握手をして、同じように頬に触れてもらって。
ミズラは、どこか懐かしいような、温かい気持ちになった。