第2章―少女ミズラ、伝説の"皇帝の半身"と出会う―
まだ街中に不慣れなミズラは、ハリーの後ろをピッタリとくっついて歩いた。
彼はミズラに、通りがかりの店などを紹介してくれたが、正直なところ、ミズラはそれどころではない。
男性と二人きりで街を歩くなど、父や兄以外の人間ではありえなかったことだ。
とりあえず、目的の花屋にはあっさり着いた。ステップでは見たこともないような花が多く、ミズラは目を丸くする。
「すごい、こんなに色とりどりのお花がたくさん…」
「ここのお店は、温室栽培もあるから、一年通じて種類が多いんだ」
「温室栽培?」
「そう。専用のハウスを立てて、その中を暖めて春を早く来させることで、違う季節でも花を咲かせることができるんだ」
「そんなこと、できるの…?初めて聞いたわ」
ミズラからしてみれば、花というのは春から咲き始め、冬にはまた眠りにつくもの。
年中花が溢れている状態など、なかなか考えられない。
「まだ、バレンヌ以外にはあまり広がっていない技術だからね。南バレンヌの方で、今研究が進んでるんだ。
でも、咲かせる時期を変えるだけで、花そのものの寿命を延ばせるわけではない」
「ふ~ん…でも、それで良いんだと思うわ。花は、枯れるからまた咲くのだもの。
他の生物よりずっと短い寿命でも、精一杯咲いて散っていく…だから、美しいって思えるんだわ」
辺りの花をじっと吟味しながら、そんなことを言う。ハリーは、わずかに間を置いて「そうだね」と微笑んだ。
「あっ、香雪蘭!これ、ステップにも咲くのと同じ花だわ!!」
「よくご存じですね。こちらは、カンバーランドの南部から入ってきた球根から育てましたから…今がちょうど、咲き盛りですよ」
店主の若い女性が、そう言う。ミズラは彼女に許可を得て、その1本を手にとった。
「この香り…同じ花だわ。私がステップを出る頃には、もう枯れかけていたのに。こちらは寒いから、まだ咲いているのね」
「えぇ。こちらは温室ではなく、普通の畑で育てていますから」
「それに、こんなに色もたくさん…こんなに紅い香雪蘭、初めてみたわ!!」
そう言いながら、子どものようにはしゃぐ。ミズラはハリーを振り向くと、「ねえ、この花でも良い?」と訊いた。
「すばらしい香りだね…良いと思うよ。すみません、これを中心に、花束をつくってもらえませんか?」
「はい、かしこまりました」
店員は、慣れた手つきで数本の香雪蘭を選び取ると、他の花と合わせて、花束を作っていく。
その行程を、ミズラは興味深そうに見つめていた。
「興味あるのかい?」
ハリーに問われて、ミズラは大きく頷く。
「お花って、こんなに色々あるものなのね。私は、ステップに咲く花しか見たことないから…」
「そうか。僕も、そんなには詳しくないけど…また、機会があれば一緒に来よう。
そうだ、ジャックとベスマの結婚式のお花も、君に選んでもらおうか。きっと本人も喜ぶよ」
「そうね、でも大丈夫かしら?だって、ジャック兄さんの親戚の人とか、いっぱい来るだろうし…」
「いや、本人はこっちでやる式は、友達しか呼ばないって言ってたよ。
カンバーランドでは、ちゃんと色々手順を踏まないとだけど、こっちは本当に身内だけでやりたいって」
代金を払って花束を受け取り、軽く会釈をして店を後にする。
歩きながら、ハリーは「是非、そうしてあげなよ」とミズラに勧めた。
「そうね。それじゃ、帰ったら姉さんと相談してみるわ。色々、勉強しないとなぁ…」
「ありのままの、ミズラの感性で良いと思うよ。今日も、こんなに素敵な花をありがとう。きっと、喜ばれるよ」
「だと良いのだけれど…そういえば、今から会いに行くのって、どんな人?あたし、何も考えずに選んじゃったけど、男性に渡すにしては、ちょっと派手すぎるわよね…」
今更だが、そう言えば誰に会いに行くのか聞かされていなかった。
ハリーは苦笑して「大丈夫、女性だよ」と答えた。