第2章―少女ミズラ、伝説の"皇帝の半身"と出会う―


ひとりになると、余計に広く感じるものだ。
ここが新たな自分の居場所になるとはいえ、まだまだ馴染みはない。

とりあえず、持ってきた物はすべて片づけてしまおうと、ミズラは小物を配置して回った。

小型機織りは、机の上に。その他機織りに必要なものは、その周辺に。
父親にお守り代わりに持たされた木彫りの人形は、本棚の一角に。
そもそもそれほど本を読まないミズラにとっては、この本棚もただの物置になりそうだ。

「あとは、これか…」

ノーマッドの村にいたころ、天幕の中に張っていた伝統織り。
ミズラが自ら作った自信作だが、部屋の中にかけられそうなところは見あたらない。
カーテンの代わりに使うとしても、日光で色あせてしまいそうだ。

しばらく悩んだ結果、窓枠から部屋の壁まで紐を渡して、そこにかけることにした。

窓枠に紐の端を結び、時計などをかけるためにあった引っ掛けに反対側を結ぶ。
窓の方は、窓枠に足をかければちょうどよかったが、壁側は近くに台にできるものがない。

仕方なく、机に付随していた椅子を引き寄せ、その上に乗った。
それも、座るならともかく、上に乗るには若干安定が悪い上に、高さも大したことない。

なんとか手が届くには届いたが、紐の長さに余裕はなく、縛り付けるにはギリギリ。
きっちり縛らなければ、布の重みで落ちてしまう。

「あたしとしたことが…こっちを先にやれば良かった…」

独り言を言っても、仕方がない。
ミズラは無理矢理つま先を伸ばして、紐を引っ張った。

天幕張りでなれているはずの作業だからといって、目測に失敗したようだ。
四苦八苦しているところに、ドアがノックされる。

姉が、忘れ物でも取りに帰ってきたのか。
それなら、ちょうど良い。台を押さえていてもらおうと、ミズラは「開いてるわよ」と声をかけた。

ドアが開く音がしたので、振り返って「ちょうど良かった。ちょっと手伝ってよ」と言おうとして、思わず息をのむ。

「やあミズラ、ごきげんよう」

「へ、陛下っ?1」

突然現れた己の主君―皇帝ハリーの姿に、ミズラは素っ頓狂な声を上げた。

そして、その拍子に引っ張っていた紐の、結びつけてあった部分が解け、そのまま後ろに倒れる。

「きゃあっ!」

「危ない!!」

床に落ちる前に、ハリーの腕が彼女を受け止める。
それも、彼の胸の中に、背中から飛び込む形で。

「大丈夫かい?」

振り向けば、自分を心配そうに見つめる彼の顔。ミズラは「だ、大丈夫です」と裏返った声で答えた。

「どうやら、僕が君に会うと、何かアクシデントが起こるみたいだね」

そう苦笑する皇帝に、ミズラは「あの、すみません陛下。ありがとうございます」とあわてて頭を下げる。
それに彼は、首を横に振った。

「こちらこそ、驚かせたみたいだね。それと、今は公式の場じゃないんだから、陛下じゃなくて…」

「あっ、はい。ハリー、さま…?」

やはり皇帝という意識は消えない。ハリーは「別に、呼び捨てでいいのに」と肩をすくめる。

「それに、敬語だって使わなくて良いよ。僕はジャックより年下だし」

「えっと、それじゃその…ハリー?」

思い切って、やっとそう言ってみると、なんだか不思議な感じがした。
お互いに顔を見合わせて、同時に吹き出す。

「なんだかおかしいね。僕がそう呼んでほしいって言ってるのに、君を困らせるなんて」

「でも、あたしも地元じゃ敬語とか使わないから、おかしなこと言うかもしれないし…そうしてくれた方が、ありがたい、かも」

その言葉に、ハリーは「元はといえば、僕のわがままだけどね」と笑った。

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