第2章―少女ミズラ、伝説の"皇帝の半身"と出会う―
ノーマッドの族長、アルタン・ハーンの娘として生まれた少女・ミズラ。
彼女が姉の手紙を元に、帝都アバロンを訪ねてから、3日後。
ミズラは、正式に皇帝直属部隊に所属することとなった。
それに伴い、元々姉・ベスマが住んでいた王宮内の宿舎の一室に、引っ越すための作業が必要となる。
まず、ベスマが引っ越す先である新婚家庭を、人が住めるように掃除。
そこに彼女の荷物を運び込んで、宿舎の部屋を片づけてから、宿に滞在しているミズラの荷物を運び込む。
荷物そのものは大した量ではないが、アバロン市内の一角にある家まで運ぶには、なかなか骨がおれる。
ミズラとベスマ、それにベスマの婚約者であるジェイコブの力では足りなかったので、助っ人を呼ぶこととなった。
「よっこらせ…と。これで全部か?」
大柄な青年が、小さめとはいえ衣装の入った葛籠を、軽々と持ち上げる。
ベスマは「えぇ、ありがとうトータス」と笑った。
彼の名はトータス。
ベスマ、ジェイコブと同じ皇帝直属部隊所属の、重装歩兵である。
『重装歩兵』という組織に、もっと重々しくて厳格なイメージのあったミズラは、彼のフットワークの軽さに驚かされる。
皇帝ハリーに言わせれば、「トータスは、重い鎧を着ていたって、中身はとっても軽いんだよ」とのことだが。
もっとも、力持ちなのは本当で、姉妹が2人がかりでなければ持ち上がらない家具も、彼はさくさくと運び出してくれた。
それを寄宿舎の外にある荷台に載せ、ひとまず運び出しは完了となる。
ちょうどそこへ、宿へミズラの荷物を引き取りに行っていたジェイコブが戻ってきた。
「宿を引き払ってきたよ。これで全部で、間違いないかな?」
小さな荷車に乗せられた、ミズラがステップから持ち込んだ荷物。それを確認して、ミズラは「ありがとう、ジャック兄さん」と軽く頭を下げた。
ここ数日で、彼らともだいぶうち解けている。
「それじゃジャック、こいつをおまえたちの愛の巣まで運ぶぞ。後ろから押してくれ」
"愛の巣"という言葉に、ジャックは照れ隠しか「まだ無人の家だよ」と苦笑しつつ、トータスが引く荷台の後ろにつく。
「ベスマ、そっちが片づいたら、来てくれ。荷物をほどいて、荷台は返さないとならないから」
「分かってるわ。すぐ行くわね」
男2人で押し出す荷物が、王宮の裏口から外へ抜け、アバロン市内へ向かっていく。
その様子を見て、ミズラはふと気づいた。
「そういえば、もう1人の直属部隊員って人は、なにをしてるの?あたし、まだ会ったことないけど…」
「あら、ハクヤクのこと?
そうね、彼は普段は、皇帝執務室の隣にある秘書室にいるから、あまり出歩いているところを見かけないのよね。
『肉体労働は専門外』って普段からよく言ってるから、最初から引っ越しの手伝いとか頼まなかったのよ」
ベスマの話によると、そのハクヤクという男は、アバロン帝国大学を主席で卒業し、現在は術研究所にも籍があるという。
その知識の豊富さと、頭の回転の速さからハリーに信頼され、直属部隊の軍師兼術士として活動しているだけでなく、彼の秘書のようなこともしているらしい。
「まあ、一言で言ってしまうと、引きこもりというか出不精というかで、人付き合いが悪いのよね。いつも小難しいこと言うし。
でも、悪い人じゃないのよ。仲良くしてあげてね」
「あっ、うん…わかった」
荷物をほどきながらの会話に、ミズラは適当な返事をした。
正直、話を聞く分には、ミズラが非常に苦手なタイプの男に近いと思われるが。
気を取り直して。
寄宿舎の一室は、一人暮らし用の下宿としては、まあまあ広めである。
必要最低限の家具などは、ベスマが残してくれたので、急に必要なものは無いと思われる。
「ふう、こんなものね。後は、自分でできるわね?」
「大丈夫よ、姉さん。後は、少し残ってるものを片づけるだけだもの」
早く兄さんのところへ行ってあげたら?というミズラの言葉に、ベスマは笑顔で「それじゃ、またね」と部屋を出て行った。