第1章―少女ミズラ、海を超えて運命の場所へ―
「やあ、待たせてごめん。一旦城に帰ったら、ハクヤクに捕まってね」
そして、ミズラには「また会ったね」と。
あの、吸い込まれそうな笑顔で。
あまりの衝撃に、ミズラは口元を押さえて「えっ、あの…」と目を泳がせる。
何事もなかったかのように、"彼"はミズラの向かいに座った。
「なんだハリー、彼女に会ったことがあるのかい?」
「ああ、ついさっき、ちょっとね」
向こうはそんなことを言うが、ミズラは穏やかではない。
それでも、混乱しかけた頭のどこかで、冷静に考えた。
「ハリーって、まさか…?1」
何故か、自分と相手の間で一際存在感を放つ、「ハリー隊、参上!」のボトル。
まさしく彼は、その『ハリー』。
そしてこれは、皇帝直属部隊のキープボトル。
「ハリー、また人に名乗らずに親切なことをしていたのかい?」
「だって、名乗ると妙に余所余所しくされるから、こっちが遠慮したくなってくるだろう?
街中に居るときくらいは、ただのお節介な一般市民でいたいよ」
わざわざ名乗らないくらい、アバロンでは名の知れた有名人。
そして、彼らの上官。
すなわちそれは…
「皇帝、陛下…?」
ようやくそう呟くと、"彼"は困ったような顔で「そう呼ばれることもあるね」と答えた。
何か言おうとして口を開いたミズラを、"ハリー"は指先で止めた。
ひょいと唇に置かれた指に、ミズラは目を見開くことしかできない。
「城の外では、陛下って呼ばないでほしいんだ。たとえ城の中であっても、公式の場以外ではみんなハリーって呼んでくれるよ。
本当は、陛下って言葉があんまり好きじゃないんだけどね、なんかこそばゆくて」
そう言うその顔が、すでに夜だというのに太陽が戻ってきたのかと思うほどに、輝かしかった。
少なくとも、ミズラにはそう見えた。
「そう言えば、君の名前を聞きそびれていたね。改めて、僕はハリー。君は?」
「み、ミズラ…」
「そう、よろしくね、ミズラ」
差し出される手で握手を交わし、動揺する本日の主役を差し置いて、酒宴は進む。
そして、ミズラは「慣れない北バレンヌの酒」のせいで早々に目を回し、ダウンすることとなった。