第1章―少女ミズラ、海を超えて運命の場所へ―
案の定、ベスマとジェイコブは既に部屋でミズラを待っており、ほんの数分の遅刻にもかかわらず「迷子になったのかと思ったわ」と姉に抱きつかれた。
苦笑しつつも、一同はすぐ近くの酒場へ移動する。
ジェイコブが、既にマスターに話をつけていてくれたらしく、奥のテーブルに案内された。
3人しかいないのに、丸テーブルには椅子が4脚用意されている。
「他にも、誰か来るの?」
ミズラが訊くと、ベスマは笑顔で「紹介したい人がいるのよ」と笑う。
どこか含みのある笑みで、ジェイコブの方を見れば、彼も同じように笑っていた。
「なによ、すでに熟年夫婦並の息ピッタリじゃない」
ミズラは何気なくそう言うが、それすらほめ言葉だったようで、ベスマは「もう、この子ったら!」と妹の背中をバンバン叩いた。
「すぐ来るだろうから、ちょっと待っててあげて。マスター、いつものボトルお願いします」
ジェイコブの注文で、マスターがひょいと持ってきてくれたボトルには、何故かデカデカと「ハリー隊、参上!」と書いてある。
「なに、それ…」
思わず指をさしてしまうミズラに、ジェイコブは苦笑しながら「前に、トータスが面白がって書いてね」と言う。
彼の説明によると、トータスというのは共にハリー皇帝の直属部隊で活動している重装歩兵。
ここはよく来る酒場なので、部隊の誰が飲んでもいいボトルを用意してもらったのだが、そこに名前代わりに書いたらしい。
「中身は普通のお酒よ、大丈夫。あなた、お酒強いでしょ?」
「まあ、強い方だとは思うけど…」
生憎、北バレンヌ地方の酒など飲んだことがない。
いかに軽い酒でも、相性が悪ければあっさり酔っぱらうだろう。
それ以前に、皇帝直属部隊というのは、そんなしょっちゅう飲みに来られるような環境なんだろうか。
グラスに注がれて、美味しそうだとは思ったが、昼間遭遇した酔っぱらいのようにはなりたくない。
少しは自重しようかな…と思って、姉に訊こうと思っていたことがあることに、今更気づいた。
「姉さん、ちょっと訊きたいことが…」
「あっ、来た来た!こっちよ!」
ミズラの言葉は、ベスマに遮られた。
なんともタイミングが悪い。
バレないように小さくため息を吐いて、ミズラは入り口の方を振り向き、
そのまま、固まった。