第1章―少女ミズラ、海を超えて運命の場所へ―


普段なら、言われるがままについて行ったりはしないのだろうが…彼の言葉には、なんとなく従いたくなってしまう。

きっと、いい人なのだろう…いや、ほぼ間違いなく。あんなに綺麗な目をした人が、悪人だとは思えない。

その靴屋は本当に、すぐそこにあった。
店をくぐるなり、彼は「おばちゃん、居る?」と声をかける。

「あら、いらっしゃい!久しぶりじゃない。今日はどうしたの?」

奥から出てきた女将が、営業スマイルではなく、本心からの笑顔を向けている。
彼は「彼女に合う靴を、見繕ってあげてほしいんだ」とミズラを手招きした。

恐る恐る中に入ってきたミズラを見て、女将は「あら、素敵なお嬢さんね」と笑う。

「珍しいわね、あんたが女の子を連れてくるなんて。どうぞお嬢さん、そこに座って」

「あっ、ありがとうございます…」

馴染みだというのは、本当らしい。
彼は奥の工房へ入っていき、靴屋の主人と談笑しているようだ。
暖簾の向こうから、楽しげな声が聞こえてくる。

その間、女将はミズラの足をお湯で温め、軟膏を塗ってくれた。

「そのサンダルじゃ、アバロンの街を歩くのはつらかったでしょう。あの子が連れてきてくれて良かったわ」

「あの、あの人は一体…?」

女将は一瞬、キョトンとしたが「やだ、あの子名乗ってもいないのね」と笑った。

「昔から、親切というかお節介というか…とにかく優しい子でね。今はあんなに立派になっちゃったけど、昔はちっちゃくて可愛かったのよ。
でも、中身はちっとも変わってないのね。昔から、ケガした子猫とか、よく拾ってきたものよ」

「そう、ですか…」

自分を助けたのも、犬猫を拾うのと同じ感覚だったのか…。
安堵するのと同時に、どこか"運命"的なものを期待していたミズラは、ほんの少し残念な気持ちになった。

「さて、それじゃちょうど良さそうなのは…これなんかどうかしらね?ブーツと違って足首を締め付けないし、底もしっかりしてるから歩きやすいはずよ」

履いてみて、と女将が差し出した靴に、ミズラは恐る恐る足を入れた。

確かに、丈夫だが軽く、変な締め付けもない。
それに、サイズもちょうど良いようだった。

「うん、ちょうどいいわね。どう、おかしなところとかない?」

「はい、大丈夫です。本当に、ありがとうございます」

靴の具合を確かめつつ、女将は「あら、それならあの子に言ってあげて」と笑った。

ちょうどそこへ、彼がミズラのサンダルを手に戻ってきた。

「はい、無事に直ったよ。靴、いいのあった?」

「えぇ、おかげさまで」

「可愛いお嬢さんじゃない。まさかあんたが、こんな素敵な人を連れてくる日が来るなんて、おばさん嬉しいわ」

エプロン片手に鳴き真似をする女将に、彼は「もう、そういうのじゃないって」と苦笑した。

「ところで、いくら?」

「なに言ってんの、あんたからお代なんていただけないわよ」

「もう、おばちゃんまでそういうこと言うの?」

「あの、あたし自分で払いますから!」

ポケットから財布を出そうとするミズラの手を、彼は「いや、いいから」とそっと押さえた。

触れられた手が、熱い。
ミズラは、そのまま固まってしまう。

「ホントにいいのよ。ちちゃいころに、よく店番してくれたじゃない。
だから、あの時のバイト代だと思いなさい。そのかわり、また顔見せに来てよ?」

「それじゃ…また、こっち帰ってきた時は顔出すよ。ありがとう」

さ、行こう。
触れられていた手をそのまま引かれて、ミズラは「あっ、はい」と微妙な返事をして、あわてて女将に「ありがとうございました」と頭を下げた。

もっとも、神経の殆どは握られたままの右手に取られていたが。

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