序章―在位期間は、歴代最短の5年。 それでも人々は、彼女の名を語り継ぐか―


皇帝レオンと、皇太子ジェラールから始まる、バレンヌ帝国の伝承皇帝史。
長く続いた七英雄との戦いが決着の時を迎え、やがて最後の皇帝が退位。
帝国は、共和国となった。

それからさらに数年。
学者たちは、残された資料を基に、伝承皇帝時代の歴史をまとめ始めた。

ジェラール帝以下、16人の歴代皇帝と、その仲間たち。
できるだけ明確な、保存状態の良い資料を求めて、学者たちは領土内の各地を渡り歩いた。

アバロン市内に、確かな情報が残されている皇帝も多い。
特に、文化芸術や教育、福祉に力を入れた第5代皇帝アメジストについては、本人の手書きの日記が、殆ど欠けずに保存されていた。

しかし、アバロンから遠く離れた土地出身の皇帝については、生没年すらはっきりしないことさえあった。
公式の行事などの記録は残されていても、本人の人柄や生い立ちを記した物は残されていない。

その中でも、ステップの遊牧民族・ノーマッド出身の第8代皇帝・ミズラについては、公式文書以外の資料は一切残されていなかった。

在位期間も、歴代最短の5年間。
ハリー帝の下で直属部隊として活躍し、彼の殉職の後に皇帝の座を引き継いだ彼女は、即位当時25歳。
ノーマッドの族長の娘であり、姉と共にハリー帝に抜擢されたことは記録として残るが、他に彼女の私生活について触れるものはない。

しかし、彼女の功績は見逃せない。

ハリー帝の後を継ぎ、サバンナを荒らすワームの巣を駆逐。
サバンナの民やモール族に脅威を与えていた、ワームのクイーンを撃破している。

さらに数年後には、同盟関係にあった武装商戦団において反乱が起きた。
その鎮圧にも自ら赴き、逆賊ギャロンを追い出し、改めて商戦団とロンギット海を帝国傘下に治めた。

つまりは、たったの5年の間に、ロンギット海とサバンナ、2つの地域を併合しているのだ。
しかし、その周辺について、戦いについて残された物は、商戦団にわずかに残る程度。
サバンナの民は文字を使わないことから、ワーム退治については、同行した直属部隊員の証言が少しだけ残されている。

彼女の功績を評価しながらも、その人柄を浮き彫りにするエピソードなどは見えてこない。多くの研究者は、それ以上追求することを諦めた。

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