双子月
「それじゃハリー、もうちょっとお茶に付き合ってよ。仕事してたら、小腹が空いちゃったの。
ねえピーター、お茶とお菓子の追加、もらって来て」
「…自分で頼みに行こうっていう発想は無いの?」
「いいじゃない、頑張って今日の仕事上げたんだから」
全く悪びれもせずに、"女帝"はそう言う。
それも、満面の笑みで。
「…ま、置いて行かれるよりはマシ、か」
小さな呟きに、アガタは「えっ?なに?」と首を傾げる。
ピーターはポットと空いた菓子皿を取って、「なんでもない」と笑った。
「アガタには、敵わないってことだよ」
器用に肩を竦めて、ハリーに目配せし、部屋を出て行く。
その仕草に、先ほどまでの会話を思い出したハリーは、声を出して笑った。
「もう、何よ2人とも」
「いえ、なんでも…」
なんだかんだ言って、この双子はいつも同じ場所を歩いているのではないだろうか。
立場がどうであれ、心の歩みは、何をせずとも綺麗に揃っている。
「(こんな人が近くにいるって、幸せなことなんだろうなぁ…)」
幼き少年ハリーは、バレンヌ史上で「優美にして勇敢なる"女帝"」と称されたアガタと、「紛うことなきもう一人の"賢帝"」と呼ばれるピーターの素顔に、最も近い"少年"であった。
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これより5年後、ハリーは父親と同じ軽装歩兵となり、若いながらに勇猛な"戦士"として、注目を集めることになる。
更に7年後。副帝ピーターが、病により車椅子生活を余儀無くされると、皇帝アガタは自ら退位を発表した。
「半身を失った自分に、皇帝が務まるとは思えません」
退位の理由を、そうとだけ語ったという。
そして、伝承法により、第7代皇帝となったのが、他でもないこの軽装歩兵ハリーである。
後継者により、「この世界で一番優しい皇帝さま」と呼ばれた皇帝ハリーは、かつて触れた2人の"皇帝"の素顔を、周囲の人間に笑顔で語り、それが今日では、ハリー帝本人の記録よりも、明確に残されている。
そして、皇帝アガタと副帝ピーターの治世が評価されるのは、これより220年後。
バレンヌ帝国初の、そして最後の"二帝統治"が行われた、「最終皇帝」の時代である―。
〈fin〉