双子月


―僕は、いつも追いかけてばかりだったよ。

目の前に座る人物から、少年ハリーはそんな言葉を聞かされた。

ハリーは、帝国兵として国に仕える軽装歩兵団長・ロナルドと、現在はその地位を離れた元皇帝護衛兵・メディアの息子である。
故に、アバロン城下で生まれ育ち、城に参内…というより、普通に遊びに来ている。

ことに、目の前に座る男性は、父の親友であり母の従弟…とりわけハリーを可愛がり、時間に余裕さえあれば、こうして自室に招き入れ、自らお茶とお菓子を振る舞ってくれる。

彼の名は、ホーリーオーダー・ピーター。
第6代皇帝・アガタの双子の弟であり、共に国を支える"副帝"陛下その人であった。

"副帝"という役職は、近年使われていないものだった。
伝承法による皇位継承が行われる前…旧王朝時代に、稀に用いられた程度らしい。それも、主に皇帝が後継者育成の為、一部権限を譲渡したものであり、国王を補佐することを目的とはしていなかった。

17歳で伝承法により皇帝となったアガタは、長らく使われていなかった"副帝"のポストに、自らの双子の弟であるピーターを据えた。
身内からの抜擢であったが、アガタ本人もまだ若く、信頼できる補佐官を要したことは、先帝時代からの重臣からも理解された。
そして、そのピーター自身も、人格的に誰もが信用できる人間であったことから、特に問題もなく、伝承皇帝王朝初の副帝が誕生したのである。

"副帝"は、立場としては皇后や王配に準ずる。
したがって、ピーターに付けられる敬称は"陛下"であったが、皇帝であるアガタがこの敬称を好まず、臣下には自らを名前で呼ぶように伝えていた。
ピーターもこれに倣い、重臣から一般兵まで、城内の人間には「ピーター様」と呼ばせている。

しかし本人としては、その"様"すらこそばゆく、公式の場以外では、もっと親しく呼んで欲しいという。
故にハリーも、父の親友にして母の従弟である彼を、「ピーターさん」と呼んでいた。
本人は「おじさん」で良いと言ったのだが、今年40歳になるとはいえ、まだまだ若々しい彼をおじさん呼ばわりする気にはなれず、結局そこに落ち着いたのだった。

そんな彼を尊敬するハリーは、いきなり冒頭の言葉を聞かされ、驚き半分、戸惑い半分である。

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