耳をつけた影たちの夜
星に降りた瞬間、空気がひやりと震えた。
乾いた砂は薄く青白く光り、風はどこか紙のようにざらついている。
遠くで鳴る太鼓は、心臓の鼓動というより、
古い機械がゆっくり動き出すような、不気味で愛しいリズムだった。
空はくすんだ桃色で、雲はウサギ耳の形をしていた。
片方だけ少し折れていて、
古いぬいぐるみの耳が空に浮かんでいるみたいだった。
ターレスはその空を見上げて、影のように立っていた。
黒い髪は風に揺れるたび、星の光を吸い込んで形を変える。
「……耳をつける必要があるのか」
「みんなつけてるし、かわいいよ。ほら」
私は白い布の耳を差し出す。
鈴はかすかに鳴るけれど、その音はどこか金属的で、
星の空気に溶けずに浮いている。
ターレスは耳をしばらく見つめた。
影の中で、布の白さだけがやけに際立つ。
「……儀式か?」
「お祭り。踊ったり歌ったりするんだって」
「奇妙だな」
そう言いながら、ターレスは耳をつけた。
その瞬間、彼の影がふっと揺れて、
まるで耳の形に合わせて輪郭が伸びたように見えた。
私は笑ってしまう。
「似合ってる」
「似合っていなくても、つけると言ったのはおまえだろう」
声はいつも通りなのに、
影の中のターレスは、どこか絵本の怪物みたいで愛しい。
広場には、長い耳を揺らす人たちが集まっていた。
みんな細長い手足で、影がやたらと伸びている。
耳は風に揺れるたび、紙細工みたいにひらひらと形を変えた。
太鼓の音に合わせて踊る彼らの足元では、
砂が黒い光を帯びて舞い上がり、
まるで夜の欠片が昼に紛れ込んだみたいだった。
私はその輪の中に入る。
ターレスも渋い顔をしながら続く。
「こういうの、嫌い?」
「……嫌いじゃねぇよ。ただ、意味が分からんだけだ」
「意味なんてなくていいよ。楽しいからやるんだよ」
私が跳ねると、鈴がちりんと鳴った。
その音は星の空気に吸われず、
まるで私の周りだけ別の世界が開いたみたいに響いた。
ターレスはその音に目を細める。
「……おまえが楽しそうなら、それでいい」
影の中で、彼の声だけがやけに温かい。
ターレスは私の動きを真似して跳ねる。
黒い髪が揺れ、耳が遅れて揺れ、
影は風に合わせて、ゆっくり形を変え続けた。
長い耳を揺らす人たちは、笑いながら私たちの周りを回る。
影が輪になって、まるで紙芝居の中に迷い込んだみたいだった。
踊りが終わると、中央の石の台に火が灯った。
火は普通の炎ではなく、青白くて、
影を逆方向に伸ばす奇妙な光だった。
長い耳を揺らす人たちが、古い歌をそっと紡ぎ始める。
言葉は分からないのに、
その歌声はひび割れた空気をやさしくなぞるように澄んでいて、
星の奥に眠る光をそっと揺らした。
私はターレスの袖を引く。
「ねえ、ターレスも歌ってみて」
「……俺がか?」
「うん。声、好きだから」
ターレスは息を吐き、低い声を重ねた。
その声は火の揺らぎに吸い込まれるように広がって、
影をそっと震わせた。
私はその横顔を見つめる。
耳の布が火に照らされて、
影がゆっくりと形を変えていく。
やがて祭りが終わるころ、空は深い群青に沈んでいた。
長い耳を揺らす人たちは家へ帰り、広場には風と影だけが残る。
私は耳を外しながらターレスを見上げた。
「楽しかったね」
「……悪くはなかった」
ターレスは私の耳を指先でつまむ。
布の感触を確かめるように。
「……おまえが笑っているなら、それで十分だ」
その声は、影の中でいちばん静かで、
いちばん温かかった。
私はそっとターレスの手を握る。
「また来ようね、この星」
「……気が向いたらな」
でもその声は、影の奥で微かに揺れていて、
たぶんもう一度来る気でいる声だった。
船へ戻る途中、
耳の鈴が最後にひとつだけ鳴った。
その音は、星の影に吸い込まれず、
私の胸の奥で小さく光った。
乾いた砂は薄く青白く光り、風はどこか紙のようにざらついている。
遠くで鳴る太鼓は、心臓の鼓動というより、
古い機械がゆっくり動き出すような、不気味で愛しいリズムだった。
空はくすんだ桃色で、雲はウサギ耳の形をしていた。
片方だけ少し折れていて、
古いぬいぐるみの耳が空に浮かんでいるみたいだった。
ターレスはその空を見上げて、影のように立っていた。
黒い髪は風に揺れるたび、星の光を吸い込んで形を変える。
「……耳をつける必要があるのか」
「みんなつけてるし、かわいいよ。ほら」
私は白い布の耳を差し出す。
鈴はかすかに鳴るけれど、その音はどこか金属的で、
星の空気に溶けずに浮いている。
ターレスは耳をしばらく見つめた。
影の中で、布の白さだけがやけに際立つ。
「……儀式か?」
「お祭り。踊ったり歌ったりするんだって」
「奇妙だな」
そう言いながら、ターレスは耳をつけた。
その瞬間、彼の影がふっと揺れて、
まるで耳の形に合わせて輪郭が伸びたように見えた。
私は笑ってしまう。
「似合ってる」
「似合っていなくても、つけると言ったのはおまえだろう」
声はいつも通りなのに、
影の中のターレスは、どこか絵本の怪物みたいで愛しい。
広場には、長い耳を揺らす人たちが集まっていた。
みんな細長い手足で、影がやたらと伸びている。
耳は風に揺れるたび、紙細工みたいにひらひらと形を変えた。
太鼓の音に合わせて踊る彼らの足元では、
砂が黒い光を帯びて舞い上がり、
まるで夜の欠片が昼に紛れ込んだみたいだった。
私はその輪の中に入る。
ターレスも渋い顔をしながら続く。
「こういうの、嫌い?」
「……嫌いじゃねぇよ。ただ、意味が分からんだけだ」
「意味なんてなくていいよ。楽しいからやるんだよ」
私が跳ねると、鈴がちりんと鳴った。
その音は星の空気に吸われず、
まるで私の周りだけ別の世界が開いたみたいに響いた。
ターレスはその音に目を細める。
「……おまえが楽しそうなら、それでいい」
影の中で、彼の声だけがやけに温かい。
ターレスは私の動きを真似して跳ねる。
黒い髪が揺れ、耳が遅れて揺れ、
影は風に合わせて、ゆっくり形を変え続けた。
長い耳を揺らす人たちは、笑いながら私たちの周りを回る。
影が輪になって、まるで紙芝居の中に迷い込んだみたいだった。
踊りが終わると、中央の石の台に火が灯った。
火は普通の炎ではなく、青白くて、
影を逆方向に伸ばす奇妙な光だった。
長い耳を揺らす人たちが、古い歌をそっと紡ぎ始める。
言葉は分からないのに、
その歌声はひび割れた空気をやさしくなぞるように澄んでいて、
星の奥に眠る光をそっと揺らした。
私はターレスの袖を引く。
「ねえ、ターレスも歌ってみて」
「……俺がか?」
「うん。声、好きだから」
ターレスは息を吐き、低い声を重ねた。
その声は火の揺らぎに吸い込まれるように広がって、
影をそっと震わせた。
私はその横顔を見つめる。
耳の布が火に照らされて、
影がゆっくりと形を変えていく。
やがて祭りが終わるころ、空は深い群青に沈んでいた。
長い耳を揺らす人たちは家へ帰り、広場には風と影だけが残る。
私は耳を外しながらターレスを見上げた。
「楽しかったね」
「……悪くはなかった」
ターレスは私の耳を指先でつまむ。
布の感触を確かめるように。
「……おまえが笑っているなら、それで十分だ」
その声は、影の中でいちばん静かで、
いちばん温かかった。
私はそっとターレスの手を握る。
「また来ようね、この星」
「……気が向いたらな」
でもその声は、影の奥で微かに揺れていて、
たぶんもう一度来る気でいる声だった。
船へ戻る途中、
耳の鈴が最後にひとつだけ鳴った。
その音は、星の影に吸い込まれず、
私の胸の奥で小さく光った。
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