夏の星を、あなたと

夜の空気は、まだ昼の熱を少しだけ抱えたまま残っていた。
肌に触れる風はぬるくて、湿度を含んだ匂いがゆっくり胸に落ちてくる。

船の外に出ると、ターレスがひとりで空を見上げていた。
腕を組んだまま、動かない。
その背中は、夏の夜の静けさと同じ色をしている。

私が隣に立つと、ターレスはほんの少しだけ視線を寄越した。

「……今日は、星がよく見える」

その声は、熱の抜けた夜に溶けるみたいに柔らかかった。
私はそのまま空を見上げる。

青白い光がひとつ、夏の空に滲んでいる。
ベガだ。
指を伸ばすと、ターレスがその指先を追うように視線を動かした。

「ベガだよ」と言うと、
ターレスは短く「ああ」と返す。
名前を知っていても、私の声で確かめる方がいいらしい。

湿った風が吹いて、髪がふわりと揺れた。
ターレスの指が、そっとその髪を押さえる。
何も言わないのに、触れ方だけが優しい。

赤い星がひとつ、夏の空に滲んでいた。
アンタレス。
その赤は、湿度の中でゆっくり脈打つみたいに見える。

「アンタレス、ターレスの名前に似てるよね」

そう言って笑った瞬間、
隣のターレスがほんの少しだけ眉をひそめた。

「……赤い星なんざ、俺は好かねぇ」

その言い方はいつも通りなのに、
次の動作だけがやけに優しい。

ターレスの手が、私の肩を軽く引き寄せる。
力は強くない。
ただ、迷いなく触れてくる。

赤い星より、
私の体温の方が気になるみたいに。

胸の奥に静かに落ちるその仕草が、
夏の夜の湿度と混ざり合っていく。

空には赤い光が滲んでいるのに、
私の視界の中心にあるのはターレスの横顔だった。

ふと見上げると、三つの光が大きな三角を描いていた。
夏の大三角。
ベガ、アルタイル、デネブ。
その並びは、夜の静けさをさらに深くする。

「……そんなに好きか、夏の星」

ターレスが横目で私を見る。

「うん。湿度のある夜の星って、落ち着くから」

ターレスは少し黙って、私の手を取った。
その手は熱を持っているのに、握り方は静かだった。

「……じゃあ、しばらく見てろ。帰るのは後でいい」

不器用な言い方なのに、
私のために時間を伸ばしてくれているのが分かる。

夏の夜風が二人の間を通り抜けて、
私の呼吸とターレスの呼吸がゆっくり重なる。

星の光は遠くて、
夜の湿度は近くて、
ターレスの存在はそのどちらよりも確かだった。

私はそのまま、しばらく空を見ていた。
夏の夜が静かに続いていくのを、
ターレスの隣で感じながら。
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