紫陽花

山の斜面に沿って続く長い石段。
その両脇を埋めるように、紫陽花が重たく咲いていた。

曇り空の光はやわらかくて、
花の青も紫も、深く沈んだ色をしている。
湿った風が頬を撫でるたび、
花房がゆっくり揺れた。

ターレスは私の少し後ろを歩いている。
足音は静かで、
でも気配だけは確かに近い。

石段の途中で立ち止まると、
ターレスも自然と足を止めた。

「……色が濃い」

低い声が、湿った空気に落ちる。

私はうなずきながら、
手すり越しに紫陽花を見下ろした。
斜面いっぱいに広がる花の海は、
曇りの日のほうがずっと綺麗だ。

ターレスは花に触れない。
ただ、指先を近づけて、
重さや湿り気を読むように距離を測る。

「雨が多いと、こうなるんだよ」

そう言うと、
ターレスはほんのわずかに目を細めた。

「……濡れた色のほうが似合うな」

その言い方が、
まるで“おまえが好きならそれでいい”と
静かに肯定してくれているみたいで、
胸の奥がじんわり温かくなる。

石段を上るたび、
紫陽花の色が少しずつ変わる。
青から紫へ、
紫から薄紅へ。
その移ろいの中を歩くと、
世界がゆっくりと静まっていくようだった。

見晴らしのいい場所に出ると、
風が少し強く吹いた。
ターレスの黒髪が揺れ、
その影が私の肩に落ちる。

私はそっとその影に寄りかかった。
触れるか触れないかの距離で。

ターレスは動かない。
 拒まない。
 ただ、受け止めている。

「……帰るのは、まだ先でいい」

ぽつりと落ちた声は、
曇り空よりも静かで、
紫陽花の色よりも深かった。

私は小さく笑ってうなずく。

「うん。まだ見てたい」

ターレスはわずかに息を吐いた。
その静かな呼吸が、
紫陽花の揺れと同じリズムで溶けていく。

その横顔は、
紫陽花の群れよりずっと綺麗だった。
1/1ページ
    スキ